「**新聞のモトムラと申します。あれこれ調べてみても河本浩二さん。過去の陸上競技記録がまったく出て来ないんです。このあたりのご説明を賜れば幸いかと」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「じゃあ俺、あいや僕の方から」 河本がテーブル上のマイクを引き寄せたその時、 「あ、申し訳ございません」 ひと声発するや、鈴木圭子は前列の席に、 「恐れ入ります、後ろへお回し願います」小走りで用紙を配った。席に戻ると 「大変失礼いたしました。河本浩二のプロフィールと経歴を簡単ではありますがまとめさせて頂いております。どうかご覧ください」 鈴木圭子は、私のアドバイス通り、河本のプロフィールと経歴書を用意していた。 でなければ生年月日、血液型そのほか諸々、些末なことまで質問が飛び、お互いに無駄な時間を浪費してしまう。
しばらくの間、静まりかえった会見場は、パサパサと紙の音だけが聞こえた。 「えー。」先ほどの記者が用紙を片手に立ち上がった。 「これを拝見してもですね。。。。2005年3月。大阪市立築港弁天中学卒業。倉庫会社勤務を経たのち2012年10月、いきなり北摂総合大学職員および第二学部入学とありますが、途中の高校名や肝心の陸上経験について抜け落ちているようなのですが」
「あ、高校は行ってないす」 河本が答えると、記者たちのざわめきが聞こえた。
「あーもしかしてそれ、”日本の”高校には行っていない。というジョークでしょうか」
「いや、経歴書のまんまですわ。高校は出てないっす」
先ほどよりざわめきが大きく聞こえ、バチバチバチ。。。とカメラのフラッシュが激しくなった。
「えー。私の方から説明するとですね」見かねた山根監督がマイクを取った。
「彼、河本君は大学検定資格を取得ば、しとったです。そげん資格で来てもろうたけん」
「なるほど大検。じゃあ、ほかのコトもこの経歴書通りなのでしょうか?」
「そうです」
「あのーぅ倉庫会社時代の陸上記録については?」
別の記者が質問に立った。
「それも無いです。仕事一筋でしたから」
自分で云ったあと、よほどオカシかったのだろう。あははと笑った。
「さかのぼって中学時代の陸上成績とかは?」
「もちろん、そんなのもないっす。中学ん時、真剣に走ったのは運動会ぐらいやから」
記者たちは顔を見合わせ、会場はより騒然となった。
「ま、まさか、たったの半年で夢の9秒台を実現させたと云うのでしょうか」
「えぇまぁ。そういうコトになりますかな。ただ、俺いや僕とすればもう少し早く達成できるかなって思ってたです。やっぱ陸上、そんなに甘くは無かったです」
何人かの記者はスマートフォンを取り出し、液晶画面をなぞり始めた。社に第一報のメールでも入れているのだろう。
「そのご立派な体格。他に何かスポーツをやられて居たのでしょうか」 別の記者が質問を変えてきた。 「まぁどちらかと云えばそうです。あくまでも趣味的な範疇で空手とかの格闘系」 云いながら河本は拳を突き出し、ポーズを決めた。 一瞬、テレビの液晶が故障したのかと、錯覚するほどのフラッシュが炸裂した。 「北摂大へ入学のきっかけは、誰かの紹介か何かで?」 「えぇ、そのようなモンです。隣の三浦教授」 と河本は三浦教授を指し 「忘れもしない去年の9月でした。突然会社まで押し寄せてこられ、いやあそれはもうビックリでした」 「三浦教授、確か工学部の物理がご専門だったですね。なぜにまた」
ちょうどその時 (おはようモーニング、朝のグッディー ♪)爽やかなメロディーが流れ、映像は東京のスタジオに切り替わった。 「お早うございます。司会の佐藤です。いやあ驚きの会見ですね、早見さん」 と隣のアシスタントを振り返った。 「会見の途中ですが、いったんコマーシャル」
あくそっ、ええところで。クレーム殺到もんやでこれ。 ぼやきながら、スキップボタンを押した。
いつしか記者会見は 昨日のレース内容の質疑に移っていた。 三浦教授、例の物理学は披露しなかったのだろうか。それとも内容が難しすぎ、 スルーされたのかも。
「スタートの失敗は、雨の影響だったのでしょうか?スリップでも」
河本の答えは 思いも寄らないものだった。 「あぁ、あれ。いやあ恥ずかしい。カミナリと勘違いして思わず臥せかけたんですわ。フラッシュの光が稲光に見え」
あ、と気づくものがあった。 河本がカミナリが苦手なのを、鈴木圭子は知っていたのではないか。 如何にも雨やカミナリが来そうな怪しい雲行きだった。 彼女の不安げな表情、そして思わず掴んだ私の左腕。 あの感触が再び脳裏に浮かんだ。 だが河本に恋心を抱いてしまったであろう鈴木の気持ちを考えると、なんとも言えない感情がこみ上げてしまった。
記者会見は鈴木のメールにあったように、なんとか乗り切ったようだった。 スタジオに切り替わり、司会者とコメンティーター。スポーツ評論家達とのやりとりに移ったところで停止ボタンを押した。
ふと白浜冷蔵倉庫、陳麗花の顔がよぎっていた。
つづく
※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
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