小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その44

ようやく河本が顔を上げた。

「森野さん、契約は1年、あいや半年。これでどうでしょう。もちろん契約料もその分割り引いてもらって結構です。いや是非そうして下さい。その代わり。。。」 言いにくいのか言葉が詰まった。 「その代わり、何でしょう」森野が気を利かせた。 「できればシューズ3年分の提供、これをお願い出きれば、陸上部や大学側にも俺としての顔が立ちます。非常に厚かましいお願いとは思います。けど自分としてそれが目いっぱいの答えっす」 「なるほど」 「り、陸上部や体育会の事は気にせんでええけん」 「いや監督、俺の都合で折角の話がパーになる。それ思うと、たまらんです」 「う、うむ・・・」 「あ、どうかご心配なく。シューズ提供の件、契約とは関係無しでも考えていたところです。日本に於ける新製品、試用テストとして」

「え、ほんまですか」 「それに先日の日本記録を祝しての寄贈とかの名目も。それに関しては私のほうで処理出きる範囲なんです。」 「じゃあ契約成立ですな」山根が微笑んだ。 「あ、いえ。ただ契約の期間。。。これだけは何とも。。。。是非とも3年で。。。お願いします」森野が頭を下げた。 「。。。。あ、それじゃ話は逆戻り」 「え、まあ・・・」


「森野はん、なぜそこにこだわるんかいの」 「契約期間。。。私と言うより船場商事。あるいはチャレンジスピリッツ、ニューヨークの鉄則なんです。いきなり第1条からあらわれるほどの」 「そないに大事なコトっちゃ、思えんけん」 「たとえばですね。ウチと契約が切れ、その翌日から他社と契約が成立。となってもですね一切の文句は言えない。そういうコトなのです」

「そんなぁ、絶対あり得ないっす」河本が口をとがらせた。 「えぇもちろん、承知しております」 「ほらぁ、文句はなかと」 「私・・・あくまでも私個人として河本さんを信じます。ですがそれは私個人の見解なのです。。。残念ながら会社としては書類がすべてなんです。生身の人間より紙切れのほうを信用してしまう。悲しいことです」 「会社にはそういうとこ。。。確かに」河本が肯いた。 「ご理解、おそれいります」 「そらまあ、書類が全てなのは身に沁みて十分。。。」 「じゃあ3年で納得頂けますでしょうか?」 「あ、それとこれとは。。。やはり3年は・・・」 「そこをなんとか。あくまでも書類上の期間なんです。貴方を3年間拘束するわけじゃなく」 「やはり俺、いや自分の場合。。。」 その時、河本の携帯から振動音が聴こえた。 河本は慌てて切ろうとしたが、 「あ、高城社長からです。ちょい失礼」と私らに断りを入れフリップを広げた。

河本は窓側に立ち上がった。 「。。。。えぇ、今その件で。あはぃ。。。。そらあ良すぎる条件で。。。。。。いえ、吊り上げようなんて全然。。。あ、ですから社長、期間が。。。。えぇ3年なんです。。。。。え、でも俺、いや僕とすれば。。。。。今その件でなかなか。。。。えぇ、ですが社長。。。。。。。もちろん練習だって。。。あ、社長、そんなコトないです。それは。。あ、モシモシ。社長っ。。。。」

「突然切られてしまいました」 しょんぼりしながら河本が席に戻った。 「高城社長はなんと?」 態度や言葉の端々から、おおよその想像はついた。訊かなくても良いことだったかと、後になって悔やんだ。 「えぇ。。。まぁ、ズルズルと交渉を引っ張らずに、肝心の練習を始めろと。久しぶりに怒鳴られました」 よほど応えたのだろう、携帯を見つめながらうなだれた。

またも重苦しい静寂が流れた。

森野は心配そうな表情で見つめていたが

「河本さん、それに山根監督。本日は申し訳ありませんでした、どうかお許し下さい」と謝った。 「え、何が?」 「あいえ、モスクワを控え、練習に忙しい最中にもかかわらず、こうして貴重な時間を取らせてしまいました。それに高城社長まで怒らせてしまい貴方や監督を悩ませるハメになってしまい」 「あ、全然。俺、気にしてませんから」 「いえ、こうしてる時間も貴方に迷惑をかけてるのは、間違いないです」 「いやいやこれも何かの縁。リチャードさんや森脇さんの話を聴かせてもらっただけでも勉強になりましたから。飯もウマかったです。1千万の夢も見させてもらいました」 「あ、ワシも同じですけん」 「お二人にそう言って頂き救われます」森野は頭をさげ 「とりあえず社に持ち帰り、短期の件話してみます。がおそらく今回の話は。。。。」 森野は寂しそうな肩を落とした。 「寺島さんも、つき合わせてしまいました。ご勘弁下さい」 「あ、全然気になさらずに。リチャード会長のこととか、ええ話聞かせてもらいました」

契約はまさかの物別れか。 惜しい気もするが、河本の気持ちだって理解できる。 何も働きもせず高い契約料だけを。。。彼の性格が許さないだろう。それにしても。惜しい気持ちがあった。 機能性が高いと云うシューズ。。。。全スポーツに適合の。。。

・・・・・・ん!

「あっ」

え、と3人が振り向く。 ヒラメキと云うか、突然思い出すモノがあり気づけば声をあげていた。

「河本さん。白浜に帰っても、続けられるじゃないですか、陸上っ。」 「はぁ?」 「あ、いえね、昔からずっと続けられてるじゃないですか。毎朝のジョギング。白浜でも当然続けられるんでしょ?」 「えぇまあ」 「あ、なるほど。長距離用のシューズだって」 みるみる森野の表情が変わった。 「それ、よかよか。このトレーナーにジャージ。ぴったりじゃなかんね」 山根も、はしゃぎながらパンフレットの写真を指した。

「でもそれごときで、本当にお役に立てるのですか」 「えぇ、もちろん。走ってられる姿、撮影させて頂くことになりますが、あ、もちろんカメラマンを派遣いたします。あなたに一切のご負担はかけません」

将来、マラソンでも世界記録に挑戦とか

もちろん冗談のつもりだった。

だが、 「あ、三浦教授。。。。」

すかさず山根が反応した。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。 (-_-;)