小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その45

「将来、マラソンでも世界記録に挑戦とか」 つい口に出てしまったが、もちろん軽い冗談のつもりだった。 だが、 「あ、三浦教授。。。。」 私の言葉に山根は反応し、三浦顧問の名前を口にした。 たしかあれは正月。三浦顧問と山根とが言い争いを演じたことを思い出した。

「そういえば三浦顧問、長距離にも固執されてましたね、あと跳躍とかも」 「あぁ。。。」 「いったい何の話ですねん?」と河本が身を乗り出した。 山根は 「あ、いやまぁ。その。。。。」 しばらく逡巡し、口を濁した。が、河本の視線に耐えられず、ついに覚悟を決めた。 「教授が言うには。。。君の場合、長距離や跳躍競技にも記録更新の可能性がある、是非チャレンジさせるべきだと」 「へー。いつの話ですの?」 「去年、陸上の初日。。。ほら例の体力測定の日。その数値結果をご覧になられて。その後もずっと教授は云い続けてられた。正月の新年ミーティングまで」

「へーえ。初耳です」 「君には黙っておくよう私からお願いした。申し訳なか」


「あ、全然」 「ほーう、三浦教授がこだわる数値と云うのは?」 やはり森野も興味を示したようだった。 「肺活量の凄さです。あと。。。跳躍力とか。。いや、何もかも全てがケタ外れな数字で。その場に居合わせた全員、ど肝を抜かれたとです」 「確かにこの体格が語ってられますよね」 「けんど。。。。私の一存で、100だけに集中させたとです。申し訳なか」 またも山根は詫びを口にした。 「いや監督だけじゃなく、私も山根監督の説に賛成しました。100への集中が良いと」 「あ、そんなぁ全然。これで良かったんです。先日9秒台の結果を出したんは監督のおかげや思うてます。だいいち100だってまだ完璧にクリアしてないですもん、スタートとか。。。やっぱ陸上は奥が広いというか、ますますのめり込みそうですわ。それにしても。。。マラソンかぁ。。。」 あきらかに河本の目はキラリと光った。

「なるほどマラソン。。。とは」森野も河本の言葉を繰り返し 「たしか埼玉に公務員マラソンランナーって居ましたね。百と違い、仕事との両立も不可能では無いと思います。。。あっ、だからと云っていきなりマラソンで貴方を縛り付けようなんて云い出しませんよって」 森野は訂正し、笑った。 「マラソンは将来の課題として頭の隅にでも置いておきます。とりあえず今、集中すべきはモスクワやぁ、思うてますから」

「うん、それでよか。マラソンにはマラソンの苦労が”嫌”云うほどあるけん。けど、もしマラソンにもチャレンジしたくなったらいつでも相談に乗るけん」 「え、ほんまですか監督。ありがとう御座います。で、森野さん」 「あ、はい」 「ジョギングは白浜でも続けます。けんど、ほんまにそんなので宣伝効果になるのですか?」 「えぇもちろん、その”絵”を映像なり、ポスターに使わせて頂くだけでも十分なのです」

河本は 「返事、明日まで待ってくれませんか。もう一度じっくり冷静なとき考えたいんで。あ、いや今夜じゅうに連絡します。必ず」 「え、ありがとうございます」 河本の言葉には了承のニュアンスがあった。確信を得たのか、森野の表情がようやく緩んだ。 「うん、よかよか」 山根も嬉しそうに相槌をうった。 口には出さなかったが、リチャード神話に”その気”になったのだろう。モスクワで狙うは、世界記録の樹立。と。

「それはそうと、三浦教授、今日はお見えじゃなかったのですね」 (鈴木圭子もどうしたのだろう) 「教授はアチコチのテレビ局から引っ張りだこですけん」 「え!」 「例の物理学と9秒台との関係。局にすれば新鮮なネタだったのでしょう。今やすっかり人気者です」 「へー、なんとまあ、いつのまに売り込みなど?」 「あの共同記者会見の日です」 「あ、テレビでは見逃してしまいました。ちょうど教授のところでCMやったです。でCMのあと、別の話題に移っており、しかしまぁあっさりと。不思議に思てたんです」

「あん時、教授はプリントを用意しとったけん。ここで説明したら話が長ごうなる。持ち帰って、じっくり読んで下さいちゅうて」 「教授が一番堂々としてたんとちゃいますか」 「あぁ。で、そのあとNHKが最初に興味を持ち、教授をスタジオに。んでそれ見た他局も目を付け、是非ウチにもと。本当は河本を招きたいのだろうけんど、鈴木のガードが堅いけん」 「え、そんなことが。。。普段テレビを見ないものですから気づきませんでした」 「寺島さん、ジャーナリスト失格ですな」森野がからかった。 「確かに」 云うや、全員大笑いした。

ちょうどそのタイミングで携帯が震えた。 「あ、失礼」 発信はヒロシからだった。

「寺島さん。そろそろかとお迎えに上がりました」 「え?なぜここを」 云うと電話の向こうで笑い声が聞こえた。 「今、どこですの」 すると

「案山子の真下ですわ」 携帯は鈴木圭子の声に変っていた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。 (-_-;)