小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その46

「今の、もしかしてヒロシから?」 携帯フリップを閉じるや河本が訊いてきた。 「え、えぇ。なぜそれを」 「1時半に迎えの約束を。例のオヤジの件です」 え?と袖をめくった。腕時計の針はもうすぐ1時半になろうとしていた。あれから2時間近くも話込んでいたコトになる。 「なるほど。と云うコトは」ついに朗報でも?。。。 と云いかけ、はっと途中で口をつぐんだ。 山根監督や森野常務が傍らに居た。どこまで彼らに聞かせて良いものやら。。。 だが河本は気にもせずいつもの調子で 「こっち来る前に連絡があったんです。(まだ確信とまではいかんけんど、それなりの手がかりを掴めたかも。電話じゃアレなんで直に会えんだろうか)って」 「なるほど」 すると 「あ、ちょっと失礼」気を利かせるように森野は携帯を取り出し窓側に立った。 「んで監督にそのコト云うと、(もしクルマなら迎えにきて貰おう。クラブセンターまで送って貰えたなら助かるけん)って。すっかりタクシーですわ」 「はは、監督さんは事情もご存じで?」


「もちろん聞いちょります」と応えた。 「なるほど、道理で鈴木マネージャーも一緒に。勝手口を出てすぐ、クルマは横付けで待ってくれてるそうです。今の時間帯人通りは途絶えたようです」 「え?鈴木君も」 「えぇまぁ。ご存じじゃあ。。。」 「いや、今日は会社訪問やら面接の予定がふたつみっつ有るぅ聞いてたんじゃが」 「会社訪問?」 「就活とです。皆より出遅れた分、苦労しとるようです」 「ほう彼女、就活中だったのですか」 携帯をポケットに仕舞いながら森野が訊いてきた。やはり気になるのか聞き耳はしっかりと立てていたようだ。 「なかなか内定すら貰えずに苦労ばしよっとです。大学職員の口ならあるんじゃが、違う道に進みたいちゅうて。あ、下で待ってるんならそろそろ」 と、山根は立ち上がり、私らも続いた。鍋物を扱うだけあって、天井の高い部屋だったが、河本が立ち上がるとさすがに低く感じる。 「あのぅ山根監督、もしよろしければ・・・」 森野が一瞬呼び止めたが「あ、いや。。。」とすぐ黙った。 「え、何か」 「あ、いえ。。。みなさん、本日はありがとうございました。大変貴重な時間を頂戴しました」 「今夜じゅう必ず返事しますから」と河本は森野に右手を差し出した。 「あ、是非とも。良い返事をお待ちしております」森野は両手で握り返した。 「できるだけその方向で」 「ありがとうございます。ではみなさん、私はここで失礼します」と云った。 「え、途中まで一緒に乗って行きませんか」 と私が誘うと 「それよかよか。誰も分かりゃあせん。一緒に出んね」山根も言った。 「ありがとうございます。けどもう少し残ります。大女将とあれこれ積もる話も」 「ですよね何しろ30年ぶり」 「えぇ。。寺島さんも本当にありがとうございました。あらためてお礼に伺いますから」 「いやいやお気遣いなく。私など何も。それより女将さんとの再会。本当良かったですね」 「ありがとうございます。。。」すでに森野は、涙を溜め始めていた。 「はぁ?まさかここの女将と知り合いね?」 階段を降りかけていた山根が振り返った。 「えぇ、と云っても大女将のほうなんです。大将のお袋さん。船場通りに店があった居酒屋時代から。かれこれ30年ぶりの再開でした」 「え!なんとまあそげんこつ。早よ云わんね」

停まっているワゴンを見て 一同え!と驚いた。 スライドドアは開け放して待ってくれている。だが横には大きく「麺材料 浪花屋」の屋号が書かれていた。 「どこかの納品ですわ」 前を行く河本と山根が通り過ぎようとした時、軽くクラクションが鳴った。 え?と運転席を覗くとヒロシが笑っていた。そして助手席に鈴木圭子が。

「お、これはこれはお似合いのカップルさん」 冷やかしながら河本が乗り込み、私らも続いた。 「そんなんちゃいますよ」 ヒロシは真っ赤に顔を染めていた。 「ええそうなんです。まったくの偶然。。。途中、道を尋ねられ。。。」 鈴木も顔を赤らめた。必死で言い訳をするかのように。

「しかしまあ、このクルマ」 河本が車内を見まわした。後部座席には プラスチックの籠が満載に積まれたままだった。 「はは。でしょう。昔のツレに、麺材料の息子が居たの思い出しましてん。これなら案山子の玄関先に乗り付けても不自然や無い 思いまして」

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ご

と、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。 (-_-;)