小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その50

「大変です。河本さん、トラックに撥ねられ病院に運ばれてしまいました」

「は、はあ!?」

鈴木圭子からの電話に、素っ頓狂に叫びながら携帯を右手に持ち変えてみた。何かの訊き間違いかも知れない。 「トラックに?」 「えぇ。。。」 「だ、誰が?」 「ですから河本さん。。。」 「んなぁ」 徐々に錯綜し始める意識の中、ふいに鈴木圭子の言葉と云うより遠くから聞こえるドラマのセリフのようにも思えた。いやきっとそうに違いない。ここから見える大阪の真っ青な空はどうだ。出版もようやく決まったばかり。何よりもつい先ほど船場商事の森野常務から祝福を受けたばかりじゃないか。

「誰がトラックに?」 と繰り返し、鈴木もご丁寧にも、「ですから河本さん」また同じ言葉を返してきた。 しかし彼女は涙声になっていた。否応なく現実に引き戻される。 ここはひとつ落ち着かねば。 「で。。。怪我の具合は?」


が、携帯の向こうからはすすり泣く気配だけが聞こえた。 ようやく何事か答えてきたが、いまひとつ要領を得ない返事がやっと。 「とにかくそちらへ向かいます。でどこなのです、そこ」 「。。。今はここに。。。」 「ここて、どこ?」 「ですからここ・・・・」 何度めかのやりとりで、ようやく北摂大学の付属病院の名前が聞こえた。 「取り急ぎ向かいます」

携帯のフリップを閉じるや、へなへなと崩れ落ちそうになった。 様子を察した森野は私の横に回り込んでいた。 肩に手をかけ「まずは寺島さん、落ち着いて下さい。」と云った。

そのひと言で、ふっと落ち着きが戻る。 「申し訳ない、急用ができました。今から。。」 「もしや河本さん・・・?」 「えぇ。。トラックに。。。」 「で状況的には?」 「そのあたり詳しいことは。。。珍しく彼女も取り乱してしまって今一つ要領を得ないんです。とにかく駆けつけてみます。北摂大の付属病院です」 半分以上残っていたコーヒーカップを震える手でトレーに置いた。 あ?返却口はどこだっけ。残ってるコーヒーの捨て場所は? そういうどうでも良いコトに“ウロ”が来てしまった。きょろきょろしていると、

「あ、私が返しておきますから。それより場所、場所はお聞きですか病院の」 「あ」 しまった。と思った。同じ北摂大でありながら、医学部や付属病院は本校とは離れた場所にあったはず。降りる駅もいつもの駅じゃない。。。 (鈴木に。。。) と、携帯を呼び出してみたものの、(お客様のおかけになった電話は。。。。)

のアナウンスがむなしく響いた。 「おそらく病院内だとつながりにくいでしょう」 云うや森野は胸ポケットからタブレット型のパソコンを取り出した。

北大阪急行の終点が最寄り駅ですね。そこからバスが出てるようですけど、これだとタクシーでもワンメーターの距離です」地図検索で呼び出した画面を向けてくれた。 「便利ですねそれ」 「寺島さん」 「あはい」 「こう言うときこそ落ち着きが大事です。まずは深呼吸。それと。。。」 「え、えぇ」 「あきらめは禁物です。単なる軽傷・・・だってことも」 「あ、ですよね」 「私も用事が片づき次第駆けつけます」 「いろいろと申し訳ない。助かります。じゃあ」 「じゃのちほど」

電車に揺られながら (そう、まだ終わった訳じゃない。とりあえずこの私が落ち着かねば) 森野の言葉を胸の中で繰り返し、努めて冷静になろうとした。 だが一方、鈴木圭子の声が甦る。珍しく取り乱したあの涙声が河本の状況を伝えているようにも思ってしまう。

それにしても。。。森野。 彼にしても、ようやく河本との契約を終え、スタートしたばかりのプロモーション活動。河本に万一の事態になるとするなら、ビジネスにも影響は出るだろうに。彼の冷静さを見習わねば。。。

あっ。と気づくものがあった。 ポスターのイメージ撮影は四日後に行われるジャパン陸上での会場が予定されていた。 そのジャパン陸上に備え、河本ら一行は本日上京の予定だった筈。。。 まさかその途中で!?しかしなぜまた運動神経の良い彼が。。。 それに万一の場合、契約料はどうなるのだろう。 河本が迷いに迷ったチャレンジスピリッツとの高額な契約料。 あの日の後。。。あっさりと受諾したのには理由があった。 ヒロシがようやく見つけだしてきた河本の父親。。。 長年の放浪生活がたたり、難病に侵されていた。治療と長期の入院には莫大な費用がかかると云う。その額、軽く見積もって1千万円だったのだ。

北摂大付属病院も緑豊かで静かな環境にあった。夏前の緑濃い葉陰からは良い薫りの風が漂った。 マスコミに嗅ぎつけられた気配は今のところなかった。 一階玄関口は外来患者棟でもあり、患者たちでごった返してはいるものの、どこかのんびりムードさえ感じられた。

総合受付で聞いた検査棟、3階に駆け上がると待合所のベンチでうなだれる鈴木の姿が見えた。 篠塚主将と山根監督の姿はなかった。

「今 検査中って?」 「あ、寺島さん。。。」 私を見るや彼女は、今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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