小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その51

「今 検査中って?」 「あ、寺島さん。。。」 私を見るや彼女は、今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。

少し離れたベンチには、ほかの付き添いと思われる年輩のご婦人が座ってられた。こちらの会話どころじゃない雰囲気を漂わせてはいる。だが声を潜め「大変な目にあったね。で、どうなんです状況?」 そういうや、鈴木はとうとうハンカチで顔を覆い泣き出してしまった。 「え、まさかそんなに重傷?」 血の気が引く思いだった。 するとかぶりを振り、 「いえ。。。そこまでは。。。」 途切れ途切れながらもどうにか(命に別状はない)の言葉が聞きとれた。 「あ、なんだとりあえずひと安心じゃないですか」 「けど。。。ジャパン陸上。。。」 絞り出すように云ったあと、またも下を向いたまま肩をふるわせた。 「いいですか鈴木さん。ここはまず貴女が落ち着きましょう」 あ、森野常務の受け売りだな。って思ったものの、取り乱す彼女を見、つい口に出てしまった。肩に手をかけようか迷っているとふっと顔を上げ 「私が。。いけなかったんです。私の所為で。。」 「え?何が。。。一体何があったんです」

そのとき前方のエレベーターがチンと鳴って扉が開いた。警官と篠塚主将が降りてきた。
篠塚は私を見ると 「あ寺島さんどうも」と軽く手を挙げた。 ん?思いのほかいつもの笑顔。 「どうも」 「大学のかたですか」若い警官が篠塚に訊いた。 「あ、いえジャーナリストさんで」 「ほう。これはどうもお疲れさまです。で河本さんの検査、まだ終わりませんか」 と鈴木の顔をのぞき込んだ。 鈴木はうつむいたまま頷いた。

「そうですかそれは残念。ひと目会いたかったなぁ。じゃ自分はこれにて失礼します」 「あ、運転手さんの連絡先がわかったらお願いします。是非お詫びとお礼を」 篠塚が云うと 「了解です。でもあまり気になさらずに。彼も光栄に思っていたんじゃないかな。それじゃお大事に」 拍子抜けするほど軽い調子。。。いや不思議な会話だった。 警官はエレベーターに乗り込むや、私らに一礼した。 扉が閉まるのを見届け 「なんとまああっさりと。。で、運転手にお礼て何ですの?」 篠塚主将に訊いた。 「河本さんを病院まで運んでくれたんです、救急車呼ぶよりてっとり早いだろうって」 「え!そのトラックに撥ねられたのじゃあ?」 「あ、ちゃいます。間一髪どうにか」 「は?」 鈴木の方を振り返った。 「私にはトラックに撥ねられたって。。。」 「あ、その瞬間鈴木は見てなかったんです」 「え」 「私が。。。あのとき叫び声をあげなければ。。。」 鈴木はようやく落ち着きを取り戻したようだった。 「あー、まだそれ云うか。もう気にすんなって」 篠塚のなぐさめにも鈴木はかぶりを振り私の目を見た。

「駅へ向かう途中だったんです」 「やはり今日が上京?」 「えぇ。。。私の目の前で猫が車道を横切ろうと。。あっと気づけば子猫も追いかけてきて」 「私もたまに出くわしますそれ」 「親のほうは無事に渡りきったんですけど、子猫のほう、道路の途中で止まってしまい。しかもトラックが向こうから。。。思わず大声で子猫がッ!って。。。」 「うわぁそれ。でもべつに鈴木さんの所為じゃないじゃないですか」 「いえ。。。それまで河本さんらは話に夢中で気づいてなかったんです。でも私が叫んだため、えッ!ってようやく」 「まさか。。。それで。。。」 篠塚主将の方を見た。 「えぇ河本さんバッグを僕に放り投げガードレールを飛び越え・・・」 「うわッ でも引き止めたんでしょ」 「もちろん。山根監督など必死の形相で。けど簡単に振りほどき一回転。子猫も無事に抱きかかえ今度は向かい側へ横っ跳び。しかし、あの反応とジャンプは神ワザやったです」 「でもトラックに・・・」 「いえギリセーフだったです。運転手さんが急ブレーキかけてくれたのもあるけど普通じゃ到底。。。」 「え、でもドーンて音が」鈴木が反論した。 「あぁあれ。ジャンプの勢いが良すぎて向かいのガードレールに顔から。。。少し出血したのもそれが原因」 「まさかそんなぁ」 「あの瞬間、見てないやん。両手で目を。。。」 「えまぁ確かに。。。」鈴木の表情に少し余裕が現れた。

「なんとまぁしかし。あッ。脚とか腕のほうは?」 「監督さんの話では骨折はないだろうって。あと念のため脳波とかも検査中ですけど」 「あぁそれで。。。でも先ほどの警官はなぜ?」 「山根監督が連絡をしたみたいです。当時周辺は大騒ぎでしたから。事故かどうか念のため調査に。トラックとか道路やガードレールの確認に。事情聴取のようなものでした」 「運転手さんも災難だったろう」 「えぇまあ。けど河本さんを見て(あ、あの100メートル9秒台の)てすぐ気づき、で(救急車呼ぶよりトラックの方が早い。って」 「それで都合良く北摂大病院に?」 「監督が、(それなら北摂大の病院へ)って頼み込んだんです。近くに別の病院があったんですけど」 「なるほど如何にも山根監督らしい」 警官と篠塚君の不思議な会話の意味がわかり、同時に安堵感が沸いた。

「でもあの時。。私さえ・・・」 またも鈴木がつぶやこうとした。 「誰が悪いとか良いとか、それはないんじゃないかな、一種の不可抗力というか何ていうか・・・」 「でも」 「大きい怪我も無く、不幸中の幸いやないですか。猫も助かったコトだし」 「えぇまぁ。。。」 「あ、それと病院の先生が感心してたけど、鈴木の止血の手際がすごく良かったって。到着の頃には殆ど止まっていたって」 「あ、あれはタマタマ救急箱がバッグに。。」 「ほーう。ほらあ。だからこれ以上君が気にすること全くないと思うなぁ。むしろその時、見て見ぬ振りなどした場合、もっと後悔したんじゃないだろうか」 「えぇまあ。ただ今回は奇跡でしたけど、一歩間違えれば。。。」 「鈴木さん」 「あ、はい」 「彼。。河本君を見くびっては行けない思う」 「え、見くびってなど。。。」 「彼は。。今回もそうですけど、いろんなモノを背負ってる。その彼が訳も分からず飛び込んだりしないと思う。十分間に合う。そう判断したらこその行動やと僕は思う」 「そうでしょうか」 「絶対・・・て言い切れますね。それに先ほど奇跡って言いましたよね」 「はい」 「彼の場合、奇跡は何度でも起きるのです。自分で手繰り寄せる力を備えてるのです」 「・・・・・・・」 ようやく鈴木に笑顔が戻った。

「あれ、寺島さん?」 山根監督に付き添われた河本が出てきた。 額の絆創膏が痛々しいが、ほかは元気そうだった。

だが鈴木圭子の前に来るといきなり 「うっうぅぅ」と頭を抱えるなりしゃがみこんだ。 鈴木が うあぁーと叫ぶや、

「ははッ 嘘だよーん」と立ち上がる。

「もうッ・・・・」と言ったきり、鈴木はしばらく泣きじゃくった。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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