小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その52

通常なら数日を要する検査結果だが、病院側の特別な配慮で、即日に出るらしい。 本人はもちろん、山根監督を始め篠塚と鈴木の陸上部関係者が診察室に呼ばれて行った。 入れ替わりのように森野常務が駆けつけてきた。 「寺島さん、電話ありがとう」 「あ、わざわざ申し訳ない」 「やはりこの目で確認しとこぅ思いまして。しかしまぁ無事でなにより、で河本さんは」 「えぇつい先ほど診察室に呼ばれ」 「え?」 「あ、いや検査の結果が出たらしく結果を訊きに。だめでも4日後のジャパン陸上の出場には何がなんでも頼み込んでくる。そう意気まいてました」 「なるほど、彼らしい。じゃあすっかり元気で。。。」 「えぇ私らが見る限り。しかしまあ今回、感心いたしました。私も森野常務を見習うべきや思いました」 「え、何を」 「鈴木からの電話で”うろ”来てたとき、私を落ち着かせてくれたじゃないですか。あとで気づいたのですが、森野常務、貴方こそ彼に万一のコトあればプロモーション計画にも影響が出るのは必定。事態は深刻でも、それをおくびにも出さないあの時の振る舞い。。。いやはや感心しました」 すると森野は 「とんでもない」と照れ笑いを浮かべ 「実を申しますとあの時、寺島さん以上に動揺してました」と云った。


「え、まさか」 「いや本当です。でもいたずらに動揺を見せると貴方の動揺が増幅されるに違いない。ですから私自身を落ち着かせる為、(ひとまずここは冷静に、)なんて言葉をかけたのです。いやはやお恥ずかしい」 「なんとまあ。そうだったのですか」 「えぇ。私など人から感心されるほどのモンじゃないです。まだまだ修行が必要かと」 「はは修行ですか」 「まぁ。。修行というか、こういった経験や苦労をどれだけ多く積むかどうかに掛かってくるでしょうね。器の大きさなんて」 「なるほど体験ねぇ。。。」 「場数を踏むという言葉がありますね」 「えぇ」 「人間の大きさなんて、今までどれだけ多くの事を体験してきたかそういう数こそモノを云う。そう思います」

そう言って森野は、ふっとあの”遠い目”で窓の向こうを眺めた。 6月に入ったばかりの大阪の空はすがすがしく青空が広がっていた。 「前からお訊きしようと思ってたのですが。。。」 「はぃ?」 「時折見せるその眼差し。。。貴方こそさまざまな物語を乗り越えて来られたのじゃありませんか」 すると森野はしばらくの間、じっと私をみつめ

「私の経験など。。女々しい、とるに足らないモノばかりです」 と静かに笑った。

※ がやがやと廊下に騒がしい声が響いたかと思うと河本たちが出てきた。 最初、鈴木が森野に気づき、小走りで駆け寄った。 「先日はありがとう御座いました」 「とんでもないこちらこそ」 「それに。。このたびはお騒がせしました。申し訳ございません」 さんざん泣きはらした両の目は少し赤く腫れていたものの、いつもの明るさは戻っていた。 「寺島さんから大よその事はお聞きしました。まったく気にされるコトないです」 「ありがとうございます」 「森野常務。。。本当にお騒がせしました」 河本がバツの悪そうな顔でやってきた。が、満面の笑顔になった。 「その表情をみると、結果は良で?」 「はぃ、おかげさまで。でも申し訳けないです。この傷」 と額の絆創膏を指さした。よく見ると青あざも広がっていた。 撮影日まで治ると良いのだが。。。 遅れて出てきた山根監督と篠塚主将もやってきた。 「で、監督。ジャパン陸上も」 「おかげさまで脳とかもまったくの異常なし、きわめて健康優良児で」 「そらあ何よりです」 「ただ。。」 「ただ何ですの」 「額の傷と青あざが消えるまで一週間かかるっち医者が。で森野はん」 「はい」 「撮影の段取りに影響はなかね?」 なぜか山根はそういうコトを気にした。 「そう言われると確かに。。。」森野は河本の額をシゲシゲと見ていたが 「あ、確か試作品が。。。」 とカバンの中をごそごそさせた。 「あ、ありました。今朝届いたばかりなんですが。。。」と 取り出したのは汗止めのヘアーバンドだった。 スカイブルーの地色にチャレンジスピリッツのロゴマークが白色で決まっていた。 「お、カッコいいじゃん」 河本が喜びながら被って見るとピッタリだった。絆創膏や青あざもちょうど隠れる大きさだった。

「河本よ」 山根があらたまった声で呼びかけた。 「はぃ監督」 「今回、大事にはならんかったけん良かったけんが、君の人生は君だけのモンではなか。こないして君の周りには大勢の人たちが居るこつ、忘れんように」 「本当に申し訳ない」 最初は神妙な顔で謝りながら 「けど、監督。今回おかげでロケットスタートの極意、発見しました」 と笑った。 「なんじゃそれ」 「いやああん時、子猫めがけて道路に飛び込む瞬間です」 「あぁ」 「ガードレールに足かけて飛び込んだですけど、あ、スターティングブロックと同じタイミングやぁ気づいたんです。で、足の指先に全神経を集中させたら凄く勢いが付いて。。。」

「あ、あの時のスピードとジャンプ力。そらあ凄かったです。まさしくロケット。。。」 篠塚が頷いた。 「だろぅ」

河本は満面の笑顔で親指を立てた。

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いよいよ最終回に つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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