小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その53(最終回)

2013.8月10日(土曜)午前6時

家島諸島タケ島、2海里ほどの沖合い。波は静かだった。

ポンポンゴロロ。。。エンジン音を立て、ゆらゆら揺れる漁船”秀治丸”船長の田嶋秀治はすでに高い位置にあった陽を見上げた。

「サヤカっ、陽も高こうなったけん、そろそろ引き上げるっちゃ」と声を張り上げた。
「え、もう。」
口をとがらせながら「サメは、一匹も釣り上げとらんけん」とサヤカも声を張り上げた。 風の音は静かな朝だったが、エンジン音にかき消されてしまうからつい大声になる。

「もう、お盆じゃけぇ。サメもしばらく隠れるっち」

「あ、お盆かぁ。今年も早かったっちゃ」
「今年は特にのぅ。で、ゴン。。。あいや浩二君が出るっち、今夜じゃったかいの」
「うん、今夜ちゅうても日本時間だと夜中の1時過ぎやて。」
「1時かぁ。。。ほんじゃッ 明日の漁は休みじゃな」
「あー、けど予選通過したら次の夜中もや」
「そんとき仕方ないべ。どうせお盆じゃけぇ」
「うわッホンマけ、秀じぃ最高!」

サヤカはいそいそとステンレス5ミリ径、特製の釣り糸を巻き上げた。

「今日も暑うなるなぁ。けどモスクワはどうやろか」手をかざしながらサヤカはすでに空高く昇っていた太陽を見上げた。

「ロシアじゃけん、ちぃっとは涼しいじゃろ」
秀治も同じ様に空を見上げた。

「うわ、エアコンどころか、換気扇もない。。。」
地下鉄車内はややすし詰め状態だった。期待していたほどモスクワの街は涼しくは無かった。
昼間など25度は軽く超え、30度近くにもなった。
夜になりさすがに冷気を含む風が吹いたものの、地下鉄に乗った時、不快な蒸し暑さが身体にまとわりついた。
つい同行の新春社編集部三好に愚痴ってしまった。
すると新春社専属のカメラマン、浅田が 「寺島さん、冷暖房完備の贅沢地下鉄て、日本だけです」と云った。
「え、そうなんですか、じゃあパリとかロンドンよりも」
「パリは知らないけどおそらくまだまだでしょうね。ロンドンのメトロも扇風機すらなかったです。」
「へーそうなんですか」

「それにホテルだって。ヨーロッパ、特に北欧じゃあ暖房設備はあっても、冷房なんて珍しぃ部類で」

「なんか寝苦しそぅ」 三好菜緒子がつぶやいた。
「はは、大阪の夏じゃあるまいし」

だが 船場商事、森野常務が手配してくれた赤の広場近くにあるホテルは快適そのものだった。
冷暖房はもちろん、WIFIや有線LANなども備え付けられて居た。 「モスクワに限らず、ホテルは外資系に限ります」
「詳しいですね」
「そりゃあもう。何しろ商社勤め、かれこれ30年過ぎましたから」
・・・・・・・・・・・・・・・・

森野との会話を思い出しながら 寺島は(ついに来たぞ。モスクワ)

心の中で叫んでいた。

                                         <p>※<p>

2013年8月10日午後10時
田嶋総業大阪本社、会議室の大型テレビ前には中岡、坂本の両常務を始め、田嶋竜一や佐々木探偵事務所所長とヒロシたちが集まり 白浜冷凍倉庫でも 多美恵夫人、沢田社長、栗原専務を始めシュウジ、源さん、そして昔、寮の管理人として河本の世話役だった町村夫婦たちまで従業員のほとんどが駆けつけた。

ちょうどその頃、陳。。。いや室井麗花は夫の政明と共に、人材派遣業同僚だった河野美佐子宅にお邪魔して居た。
「麗ちゃん、本当は白浜冷凍の連中と応援しかったんちゃうん?」
「そんなコト。。。いや、あるかな」
麗花は云ったあとペロと舌を出した。 「うん正直でよろしい。しっかしまぁ、なんでまた応援風景まで中継に来るんかね。迷惑な話やで、テレビ局ちゅうところ」
「まぁ確かにね。けどマスコミも使い方で得する場合もあるけん」
「あ、あるけん ってすっかり和歌山っ子やね」
「え、そんなぁ云ってないけん。。。。。あ」
「ほらあ。。。さ、何もないけど、どんどん飲んで。あとでお刺身出すけん」 笑いながら河野美佐子はビールを麗花と政明のグラスに注いだ。
「あ、お構いなく」 そして、美佐子は、ふたりの顔をしみじみと眺め 「しかしまぁ麗ちゃんよかったね」 と云った。
「え、何が」
「こんな優しそうなご主人つかまえて」
「あー全然。そんなの見かけだけ。プレタジュテで調書残ってる思うけど結構頑固なとこあ るんよ」
笑いながら麗花は政明の肩をピシャって叩いた。 「痛ッ。どこが見かけだけらぁ、先に帰る」
政明が拗ねる真似をすると 「あーごめんごめん、よしよしッ」と、子供の頭を撫でる仕草で応じた。
「はいはい、もう分かったけん。。。本当、良かった。麗ちゃん」
「えぇまぁ」

麗花は美佐子が注いでくれたビールをごくりと空けた。

    ※
さて、河本浩二。
予選、そして準決勝も無事に突破。
2013年8月11日 21:30(モスクワtime)を迎えた。

ルジニキスタジアムは、モスクワ市内中心部からやや離れた場所にあった。

文芸新春社の一行とやって来た私は、携帯の方の時刻を確認した。 腕時計はモスクワ時間に修正していたが、携帯の方は日本時間のままにさせていた。
(え、もう夜中の2時半過ぎ。。。) 日本での応援組、ちぃーとばかり辛いだろな。特に年輩者の場合。 すると国光副会長の顔が最初浮かび、次に三浦教授の顔が浮かんだ。 教授、あなたの夢。もうすぐ決勝でも見られますよ、頑張って起きてられますか。
携帯の液晶画面で刻む日本時刻を見つめひとしきり祈った。
祈りの後、ようやく顔を上げ、森野常務と、田嶋総業高城社長を探した。

「寺島さん、キョロキョロと誰を探してるんですかぁ。鈴木さんなら関係者ブースですよ」 新春社 三好菜緒子がからかった。
「あ、違いますよ、森野常務と田嶋の高城社長」
「あぁ、先ほどそれぞれの奥様たちとショッピングされてました」
「へーえ。。。奥様と」

ふいに島根でおそらくテレビ中継を見つめてるだろう女房の顔が浮かんだ。

(大阪での仕事、軌道に乗ったら呼び寄せるか。。。。)

そのときだった。稲光がスタジアム全体を照らし、ゴロゴロと雷が鳴った。
うわッ。と見上げるのと同時だった。 ぽつりぽつり。大粒の雨が額を叩き始めた。

だが
「世界一軽くしかも全天候対応型のノンスリップシューズ」 「ほう」
「晴天だと何も問題ないのですが、ほらもしも先日のような天気、雨でも降られた日にゃ、微妙に滑るのです。折角のパワーが生かされません」

“案山子”での森野常務の言葉も脳裏に浮かび始めていた。

                                   了<br>

 いまさら言うまでもありませんが、当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

(-_-;)

それに。。。最後までお付き合い下さった方、ありがとうございます。
心よりお礼申し上げます。