漆黒のベンツは急停止し、しかもわざわざ、横までバックさせて来た。
運転席から男が降りた。思わず周囲を見渡す。
雨の深夜とはいえ、さすがにミナミの繁華街。遠巻きにこちらの様子を伺う何人かの通行人が居た。(人前でまさか素人に手、出せへんやろ)という甘い期待があった。
男が話かけてきた。映画などで見かける”やっちゃん系”タイプとは全然別の、どこにでも居そうな男だ。
背は低く痩せていた。さしずめ冴えない中年サラリーマンと云った感じか。「怒鳴り声がしたんですけど」男の口調も静かなものだった。
つい、酔いと日頃の鬱積した気持ちが沸き上がった。
「おたくのクルマが泥水跳ねたんじゃ、見てみぃこれ」右脚を上げながら、乱暴口調で強がってみせた。
すると「そらぁすまんかったなぁ兄ちゃん」と詫びた。
相手が下手に出たのを良いことに「すまんで済んだら警察いらんのとちゃうけ」
云いながらタイヤのホイールカバーを蹴ってしまった。ボゴっと、鈍い音。
もちろん音だけで済むハズもなく、遠目にもわかるほど窪みができていた。
あ。
「おいっ。やってくれたのぅ」相手の男は、なぜかにやりと笑った。
後部側のドアが開き、
「いまの音、何かいのぅ」
ばらばらと男らが降りてきた。
うち一人は、冴えない中年男の三倍はあろうかの大男だった。
瞬間、酒の酔いなど吹っ飛び、目の前が真っ白になった。。
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酒の酔いとあちこち殴られた所為で気を失い寝込んでいた。
あまりの寒さに目が覚めると、ビルの壁を背に座り込んでいた。
目の前は黒のゴミ袋が山積みになっていた。ヤクザらにここに捨てられたと云うのか。
だがとりあえず命だけは助かったと思った。
雨はあがっていた。
ぼんやりと三日月が見えた。少し朦朧とした意識のなか、早く帰らねばと思った。
だがやたら寒い上にあちこち痛い。立ち上がる気力など萎えていた。
ふたたび眠気が襲い、またもや眠りに入った。
どれほど眠っただろう。遠くトラックらしきディーゼル特有の排気音が聞こえたかと思うと、徐々に近づいてきた。
なんとすぐ近くに停まり、ギーバタンっと、ドアの開閉音。そして運転手の足音がコポっコポっと鳴った。
やがてグイーンと音が響く。バサ、バサッと一定のリズムを奏でゴミの山が低くなっていく。
コポっコポっ。と足音が鳴る。やがて音の正体、白のゴム長が見えた。
ピタっと停まると同時だった。モスグリーンのつなぎ服。マスクで半分以上覆った相手がのぞき込んできた。
眼と眼が合った。
相手は一瞬「ぎゃあっー」と叫び声を上げ、あとずさりした。
「あ、すんません」というと
「あー。ビックリしたやん」とまた近づいてきた。ハスキーだが、なんと女性だった。
「すんません。すぐどきます」
「うわっなにその顔。それにえらいびしょ濡れやん」
駆け足でトラックに戻るやタオルを持ってきてくれた。「これ使い」
「すんません」温もりと花の香りがタオルから漂った。
非日常的な世界からようやく平穏な暮らしに戻った感がした。
しばらく顔をうずめ感触を味わったあと、無我夢中で頭と顔を拭いた。
そのあと「まだ夜中の二時やん、始発はだいぶ先や」
という声と手を借りながら、助手席へ必死によじ登ったまでは記憶があった。
助かった。。。安堵感からか、みたび意識が遠のき始め、どこでどう、この部屋にころがり込み、ベッドに寝かせてもらったのかまでは、飛んでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・「熱は下がったみたいね」女は立ち上がり、蛍光灯の紐を引っ張った。「あ、眩しくない?」
「いえ大丈夫です」
思いのほか小柄な女性だった。笑うと目尻のシワが特徴的だった。肌は透明感があったが、かなり歳上かも知れない。
「もしかして貴女のベッドで?」
「えぇから気にせんときぃ」
「すみません。。。。で今何時頃でしょう」
「5時前かな」
「あ、じゃあそろそろ」と、起きあがりかけた。だが全身に激痛が走る。
思わず「うっ」と腹を押さえた。
彼女は「まだ寝とかな」と云った。
つづく
※ 言うまでもありませんが、当記事は フィクションです万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。 (-_-;)