小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 4

会話も途切れ、ふたりともテレビに集中している時だった。篠原さんはテレビの画面に向かったまま何ごとかつぶやいた。
丁度テレビの音声とかぶってしまい聞き取れず「え?」と云うと僕の方を振り向き
「しかし、かなり呑んだのやね、あそこまで呑むて、いったい何あったん?」と訊いてきた。「え・・・・」
「ほらさっき、普段はほとんど呑まないんです。そう云ってた」
「えぇまぁ・・・」
「ふたつや思う。よっぽど嬉しいことがあったか、反対に悲しいことがあったかのどっちかや」
少し笑いながら僕の眼をのぞきこんだ。おそらく彼女にすれば軽い気持ちで訊いてきたのだろう。またどうしても訊きたい不思議だったのかもしれない。けれど・・・
美央の顔がふっと、眼の前に浮かんだ。
やがてそれも消え、その後の落ちぶれた自分の女々しい姿だけが浮かび上がり、こみ上げてくるものがあった。
なんて最低な男。。。会社を休みつづけ、家族やモノに当たり散らした。
ただ無為に過ごすだけの日々。
そんな時原田社長の誘いと温かい気持ちが嬉しかった。だが知らず知らずの深酒。あれは哀しさを紛らわすだけだったと云うのか。
あげくの果ては”その筋”に売らなくても良い馬鹿な喧嘩など。
ズタボロになったのも身から出たサビと云う奴。。。しばらく下を向いたまま黙っていると
「あ、ごめんごめん、何か思い出させてしまったんちゃう?」篠原さんが慌てた。
「・・・・・いえ、そうじゃないんです。そっちはもう。。。」
美央のことより、ここ数か月の自分の姿が哀しかった。
「よほどのことやってんなぁ。」ごめん堪忍やで、と彼女は頭を下げた。
「あ、そんなぁ頭あげて下さい。助けられた貴女に感謝こそすれ、責めたりなど。。。」
「けどさっきの顔。かなり刺さったはずや」
「いえ。。。自分の情けない無様な姿に。。。あきれてしまうというか、なんちゅうか」
「もう自分で自分を責めたりせんとき。人生いろいろ、これからや。あ、リンゴでも剥こか」と彼女は立ち上がった。
テレビニュースでは、ゴールデンウィークを前にして、この春から開催中の神戸ポートピアの見どころを紹介していた。
「ウチいつか神戸に住みたいねん」ぽつりと彼女が云った。
「え神戸」
「うん、なんや知らんけど、子供のころから憧れてる」そう云いながら、すっかりと子供の顔で微笑んだ。
たしかに・・・・大阪には無いエキゾチックな独特の雰囲気がある。夜景もさぞかし。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、もうこんな時間と彼女は立ち上がった。

「ほな、仕事行ってくるから留守番頼むわ。てゆーか寝るんやったらベッド使い」
「あ、いえ。このソファーで充分ですから」
「あかんて、身体はまだ万全やないんと違う?遠慮せんとベッド使い」
「すみません。でもぐっすり眠れたのでまだ。。。もう少しテレビ見ときます」
「そう、じゃあ見飽きたら本でも読んどき。腐るほどあるやろ」と笑った。
「すみません」
「じゃっ。あ、焼却場へ寄るから帰ってくるんは朝10時前や思う。ゆっくり寝とき」
そう言い残しモスグリーンのツナギにマスク。あの時と同じスタイルで彼女は出て行った。
テレビでは本日の最終ニュースが始まろうとしていた。
どちらかと云えば、二十歳をすぎても人見知りをするほうだった。初対面の人に対しては極度の緊張を強いられ、心底打ち解けるようになるには、相当の時間を要した。
妹への電話で「しばらくは帰らない」と云いながら、頭の隅では、早く帰ることだけを考えていた。
クリーニングさえ出来上がれば・・・・。彼女、篠原さんに対して感謝の気持ちこそ当然あるものの、それ以上に、申しわけなさで一杯だった。それまでまったくの見ず知らぬ者同士。
親切さが身に染むと云うより、背中や尻のあたりがむず痒い、そんな感じだった。
それに。。。
それになんと云っても、今回の問題。篠原さんの場合、いくら歳が離れているとは云え、異性であることには間違いない。。。

やがてテレビに見飽き、本棚に向かった。ふと先ほど玄関に見送った時、彼女から漂った甘い香りを思い出していた。                  

        つづく

※ 言うまでもありませんが、当記事は フィクションです万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続編でもあります。(-_-;)