小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 15

便せんの上に、さきほど引きちぎった封筒の先っちょが滑り落ちた。 え。いつだったか前にもこんなコトが。。。とあれこれ記憶をたぐり寄せる。 あ、長澤。。。あの夜。雅恵からの・・・ もう1年も前、いや、まだ1年・・・というべきか。。。 涙とともに読み終えたことまで思い出された。しかし石坂美央との死別以降、涙はとっくに枯れ果てていた。 まさか泣くまい。とどこか覚めた気持ちを確認し、篠原さんからの便せんを広げた。 その時テープレコーダーの車内アナウンスが駅名を告げた。降車駅はまだまだ遠い。

おそらく、ひと文字ずつゆっくり書いたに違いない。決して達筆とはいえないが、丁寧に書きこまれたあとが見える。ただそれだけで胸を衝くものがあった。

(なんとお呼びすればよいやら、ずっとキミて呼ばせてもらってたね森野様。いや森野君?。。いやアキラ君?いやいや、やっぱり、キミかな。 今、キミのはちきれんばかりの元気一杯の寝顔を見ながら、書いてます。

〈え、いつの間に?〉便箋の最後にでも日付があるかと繰ってみたが無かった。

(あぁ、なんとうらやましい。嫉妬の炎が燃えさかりそう。キミの若さ。これはもう、この私にとっては立派なひとつの犯罪なのです。なんと悩ましい。狂おしい。。。 逆に言うならば(キミにとり)、若いと云うコト。ただそれだけで誇るべき最大の武器、いや財産、かけがえのない絶対的な宝なのです(おそらくキミは気付いてないでしょうけど)そのことをしっかりかみしめ、日々を送り、精一杯に・・・・頑張ってとは言いません。ただ生きて下さいね。その資格がキミ達にはあるのです。 すこし前、キミが経験した哀しみ。おそらく何が宝なものか、若さなんてまっぴらゴメン。とキミの反論が聞こえそうですね。 若さこそ宝。それは歳を重ねてこそようやく分かり、気づくことかも知れません。こういう説教じみたコト、偉そうに云ってる私ですが、この歳でようやく気づいたことなのです。そんな私に説教されても説得力はゼロでしょう。でも歳を重ね、ようやく気づいた私だからこそ言える真実。もう一度言います。若いと言うこと。ただそれだけで最大の宝なのです。 さて、明日でいよいよゴールデンウィークも終わり。そしておそらくキミとも。。。。(この手紙を読んでいる、すなわちお別れなのです)

〈という事は。。。書いたのは昨日だったのか〉

(キミに謝罪しなければならないコトがあります。 あの衝撃的な出逢いの夜。闇の中で光ったキミの眼。一瞬、あっと思いました。5年前に引き離された息子だと思ったのです。いつかの夜、泣き別れたままの”弟”て言いましたね。実は息子のコトなのです。(来年成人式を迎えます)。キミと同じ眼。優しい眼の息子も、もしやどこかで孤独に闇をさまよっている?。。。ふとそんな気がしたのです。そしてここでキミを助けたなら、息子もきっとどこかで人様に助けられるに違いない。そういう、いわば自己満足の気持ちからキミを助けたに過ぎないのです。ですから、その後幾度となく感謝の言葉を聞くたび、お尻や背中のあたりがムズ痒い。恥ずかしい照れが何時もあったのです。

そしてさらなる。。。

私が犯した一番の罪。 もちろん最初は、雨、泥まみれのキミ。ただ単に幼い頃の息子を入れるつもりで一緒にお風呂。。。 しかし今考えると、それがそもそもの間違い。いくら酔いつぶれ、傷だらけになっていたとしても、若くたくましいキミの体。。。

久しぶりにこの眼で見、意識してしまった”男性”。気づけば無我夢中にキミを”握り”抱きしめる私だったのです。(これはもう立派な性的虐待ですね)キミはすっかり酔いつぶれながらも、無意識に反応してくれたのか、私の胸に顔を埋め、抱きしめ、アチコチに唇を這わせてくれました。しばし男性からの愛撫に酔い、すっかり忘れていた性的な悦びを思い出していたのです。しかしその時、キミの高熱に気づきました。とんでも無いことをしでかす処だったと、ようやく正気に戻りました。 部屋中のタオルやバスタオルをかき集め、必死にキミの体を拭きました。元亭主のパジャマがあったのを思い出しタンスを引っ掻き回しました。着替えもなんとか済ませ、ようやくベッドに寝かせつけたのです。 そこでキミも安心したのか、やすらかな寝息が聞こえ始め、そこでようやく胸をなで下ろしました。 しかし本当の苦悩はそのあと始まりました。 久しぶりに味わいかけた性の悦び。せっかくの火照りも中途半端に終わってしまった苛立ち。。 仕方なくそれを鎮めるため自分で慰め。。。。。

そして数日後、あの運命の展開。。。。思いもよらない。。。と言いたいところですが 実を申しますと全ては私の方から仕掛けたコトなのです。

〈え、まさか。。。〉その時、無粋にも降車駅を告げるアナウンスが聞こえドアが開いた。慌てて立ち上がり、広げたままの便箋を手に降りたのだった。 おおよそ一週間ぶりの駅。だが、不思議に懐かしさなど何も湧かない。ホームの中ほどにガランとしたベンチが見えた。 残り少くなった便箋を数え、ホームの時計を確認した。 もう少しここで続きを。。。

(ひとつ屋根に暮らしながら、なかなか私に手を出そうとしないキミ。毎夜じれったい気持ちと闘い続け、虚しく自分で慰めるだけの日々。やがてふと気づき、手始めに、眉をいじって見ました。キミの好みなど。。テレビを見つめるキミの表情で、あ、弓型の細い眉毛が好みなんだと、早くから見抜いていたのです。そしていつもより、声を上げての愛撫。でもその時も気づいてくれず、作戦も失敗か。とあきらめました。 ところが翌朝の食卓、キミからのあの質問。すぐに閃きました。こういう言葉を投げつけたなら、いくら鈍感なキミでも少しは反応してくれるはず。。。

やがて案の定な展開でした。

その後 本当に夢みたいな日々が続きました。怖いぐらいの幸福感で一杯です。 しかし 先ほど業界新聞を熱心に読んでたキミの顔。 ドキリと気づいてしまいました。私が犯そうとしている罪に。 もうキミは、ここに居るべきじゃない。もっともっとやるべきキミの仕事があるはず。 もっともっとキミの青春。キミにお似合いの恋人。キミの大事な人生。。。。。。。

あ、忘れるところでした。ミオさんでよかったかしら。時おりキミが泣きながら呼んだ寝言。

きっとキミのことを空の上から見守ってくれていると思います。だってこんなにも優しいキミ。。。

最初のうちは丁寧に書き込まれてあった手紙だが、ついに文字が乱れはじめ、ぷつって感じで途切れていた。なにやら染みまでもついていた。 最初気づかなかったが ホームの明かりに透かしてみると、それは紛れもなく涙のあとだと分かった。

篠原さんの顔とハスキーな声が浮かび、美央の顔が浮かんだ。そしてやがてまた、篠原さんの顔が浮かんだ。

泣くはずが無い。泣くまい。とホームの天井を見上げた。だが無駄だった。

次から次へと涙があふれてしまった。 仕方ない、しばらくはこうして居よう。そう心に決め泣き続けたのだった。 それはほぼ、2ヶ月ぶりに流す涙だった。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。 あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

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