小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 16

「お客さん大丈夫ね?」
ふいに頭の上で声が聞こえた。見上げると年輩の駅員がチリ取りと、箒を手に立っていた。早朝出勤のとき、決まって出迎えてくれる顔。色黒の。だが、いつも苦虫を噛み潰したような不機嫌まるだしで。。。
ベンチでうなだれたままの客に、心配と言うより追い払いに来たのだろう。
「あ、すんません。すぐ出ます」涙を拭い、便箋を仕舞った。ホームの時計を探した。

え、もうこんな時間。。。


「あ、まだ居りたいなら別に構わんけん。ただ。。。まだ大丈夫やろうけんど、いつ雨が来てん、おかしゅうなかな感じやったと。家は近いんね」
ん?九州。。。
「えぇまぁ15、6分てところ。。。」
「傘、貸しちゃろか」
「あ、いえいえ大丈夫っす。すみません。ありがとうございます」
「そうかぁ。ほんじゃな、気ぃつけて」
駅員は背中を向けた。が、ぴたっと止まるや振り返り

「まだまぁ若いけん、これからなんぼでん、あろうが」と言った。
えっ。。。とこみ上げるものがあった。
「え、あはぃ。ありがとうございます」
しばらく駅員の背中を見送り、そしてホームから離れたのだった。


雨はまだ降ってなかった。だが駅員の言ったとおり、いつ降り出してもおかしくないような湿った風だった。歩を早めた。
最初の小さな交差点。すっかり車の通行量も少なく信号機は黄色の点滅のままだった。
横断歩道を渡りながら
(あ、あの駅員。始発に備え泊まり勤務なのか)と気づいた。
そして今頃・・・・
支度の真っ最中だろうの篠原さんの顔、あの声。
(夜眠れる人には眠れん人の気持ち、分からんやろうな)
あぁ篠原さん。。。。
でも今は。貴女の辛さ、寂しさ、やりきれなさなど十分に。。。
なぜか駅員と彼女の顔が交互に浮かび上がった。

(時おりキミが泣きながら呼ぶ寝言)
まさか寝言。しっかり美央の名前を聞かれていたとは。
罪?。。。。
彼女はその言葉を何度も繰り返した。彼女に罪などあるものか。

ああ、また逢いたい。

しかし。とも思う。あんな気持ちを彼女が抱いていたなんて。。。。。。。。。。。
あ、と本棚を思い出し気づくものがあった。
おびただしい数の演劇関係に、心理学の専門書。。。
まさか。。。。
すんなり別れを決心させるための脚本。。演技!?
世間知らずの坊やなど、騙すことなど、わけなく簡単に。。。
まさかそんな。。。
一体なにが真実で何が虚構。どれが現実で何が幻だというのか。
コツコツ アスファルトを叩く靴の音が悲しい。

角を曲がるとようやく我が家が見えた。雨はどうにかもったと思った。
あ、そういえば。。。
親父も夜間警備の。。。こんな馬鹿息子や家族の為。。。
今頃気づくとは。なんと親不孝な。
父親の苦労など、真剣に考えたコトなど・・・

玄関に到着するのと、ほぼ同時だった。ふっと気配がしたようで、思わず見上げる。
我慢を重ね、待っていたがもう限界。
そういう感じの激しい降りだった。かなり大粒の雨。アスファルトを激しく叩き始めた。

(ミオさんで良かったかしら。きっとキミのこと、空の上から見守ってくれてる)

ああ・・・・まさにその通りだと思った。
美央の顔。あの白くて細い指。そして鈴を転がすようなあの声。
やがて篠原さんの顔が浮かんだ。

貴女の場合。。こんな雨ん中を。。。

嗚呼。

と、もう一度闇空を見上げ、そして街燈に激しく光る雨脚を見つめたのだった。




                   ミモザの花が散ったあとに 第一章 終わり
                   次回 第二章につづく・・・・かも

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)