小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 17

少し前の自分なら、資料室を兼ねたこの図書室に来なかっただろうなと、ふと思った。それも昼休みに、わざわざ休憩時間を削ってまで。図書ルームは読書好きの女子社員たちで賑わっていた。入ってすぐの壁にジャンルごとの配置図が掲げられてあった。さっそく確認し奥へ奥へと。幸いにもお目当てのコーナーは閑散としていた。
ずらりと並んだ背表紙を見比べた。(植物図鑑)とか(日本の花・世界の花)或いは(四季の草花)等々、街のちょっとした本屋以上の種類があり、あれこれ迷ってしまう。とりあえずこれだろうと(四季の草花)を抜き、春のページを繰る。しかしなぜか春の項には無く、もしやと夏のページを繰る。すると、いきなり1ページ目に写真だけが載っていた。さっそくページをめくってみた。



サトイモ
南アフリカ原産の多年草。名前は”カラー”(カラー?カラーて言うのか)
英名でリリー・オブ・ザナイル(ナイルのユリ)・・・
こっちの方が美しいと思った。だが名前の謂われについて読み進めると、[カトリック系の尼僧たちの襟(カラー)に似た形と美しい純白色から名付けられ]とあった。英名も素敵な名前だが、謂われを聞くと「カラー」のほうが良い名前だと思う。。
カラーだったのか。。。
もう一度つぶやき、本を閉じた。そして出勤途中に出会った花壇を思い浮かべ、やがてそれは篠原さんのベランダの光景へと移り変わり、
さらに二人で夜景を愉しんだコトまで思い出されたのだった。

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おおよそ4週間ぶりの重苦しい出勤だった。目覚めた瞬間から気が滅入り、息苦しくさえあった。何度も目覚めては夜中じゅう、雨の音を聞いていた。まだまだ休みたい気持ちも当然あった。一方でアパレルの世界に戻ってみたい。そんな気持ちもかろうじて残っていた。決心しなければ、またずるずると、会社を休み続けるような気がした。
(若さは最大の武器。。。)(まだまあ若いけん、なんぼでんあろうが・・・)
ふいに篠原さんや駅員の言葉がよみがえる。
「とりあえず今日一日、頑張ってみます」
自分で自分を奮い立たせるように、布団をはねのけたのだった。
夜中じゅう、あれほど降り続けた雨は、上がっていた。

                       ※

改札を出た瞬間に、このままUターンしたい衝動がこみ上げた。
解雇通知は届いていなかった。けれど、考えれば考えるほど不安になる。彼らへの最初の言葉。どう弁明すれば良いのだろう?とか、
何よりもまず、本当に席は残っているのだろうか?
もしあったとしても、周囲からすんなりと迎え入れてくれるなんて到底考えられない。果たしてどういう眼で迎え、どのような言葉を掛けてくれるのだろう。などなどネガティブな思考は次から次へと押し寄せ、何度も脳内を駆け巡った。どう考えても最悪で孤独な状況に陥るのは目に見えていた。
優秀。。。だが冷たいエリートたち。休んでいるあいだ、彼らからの電話は一本も無かった。だがゴールデンウィークの留守中、営業一課の中沢課長、それにどういうわけか、三田村係長から電話があったらしい。三田村さん?
妹に、聞き間違いだろと云った。だが営業三課を口にしたと云うから、やはりあの三田村さんなのだろう。
しかし、なぜまたサンダーソン。。。。?
同じ課だったけれど、特べつ親しかったわけでもなかった。だが彼のほのぼのとした顔つきを思い浮かべると、気分も和らぐ。。。
だが所詮、今やよその課。そう考えると、また気が重い。
船場商事への出勤の波はまだ閑散としていた。
腕時計を確認。7時30分。。。なんとか計算通りだと思った。
昔のままなら、三田村係長の出勤時間は40分前後。
だが。。。問題は一課。 果たして彼らの出勤時間は一体何分頃だったか。。。。
何度なく振り返ってみた。一課の連中や、サンダーソンの姿は見えなかった。
会社が近づくにつれ、ますます足取りが重い。
冷ややかな眼より、激しい叱責の方がまだましだと思った。
だが3課の連中ならともかく、エリートぞろいの1課。
おそらく叶わない期待だろう。。。そう思うと、ますます息苦しくさえなる。
やはり引き返すなら今のうち?
その時だった。
隣りのビルの植え込みが目に入った。色々な花や草木に紛れ、
あの白い花がすっくと伸び上がるように咲いていた。
(篠原さんのベランダ・・・・)
そうか、ここを通るたびあのベランダに逢える。。。
そんなコトを考え再び会社に向かったのだった。

ふと
従業員入り口で待っていれば、一課の連中より先に、三田村さんに逢える。。。
そう思ったのだった。

                      つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)