敷居が高い。
そのような言葉があったと思う。まさにそれだと思いながら、従業員入り口のドアを開けた。くぐり抜け、少し進むと右から3番目に繊維事業部のタイムカードがある。さらに営業一課を先頭として左側へずらりと続き。。。
ふと、自分のカードは無いのでは?との不安がよぎる。
もしそうなら、そのときは、即刻引き返すだけ・・・(篠原さんのマンションに直行も悪くないな)
そう開き直った瞬間だった。
幸か不幸か、いつもの位置、下から二番目に。。。
おまけに一課の中では一番乗りのようだった。
そして視線は三課へと。三田村氏のカードは赤のままだった。
そして。。。
一枚だけぽつんと青色のカードが眼に入った。
(なんとまあ、まだ早出は続いてるのか。。。)
従業員入り口には社員の為の掲示板があった。組合主催のハイキングのお知らせとか、茶道同好会の案内など、どれもこれも興味の無いものばかりだったが、時間潰しには丁度良い。すると図書室からの案内ポスターが目に入った。〈蔵書の入れ替えでご迷惑をかけていましたが、6日より閲覧を再開させて頂きます〉とある。
その時
「あれ、森野」
振り返ると、サンダーソン三田村氏だった。
当時、営業1課だけが別フロアーにあった。2課と同居する3課のフロアーに来るとやはり懐かしさがこみ上げてくる。
前村は以前と同じように掃除の真っ最中だった。
「お早う」
三田村氏の挨拶に彼女が振り返り、僕と眼が合った。
「え?森野さん・・・・」そう言ったきり彼女の動きが止まる。
「やあ。。。」
どう言葉を続けたら良いものか、固まっていると
三田村が
「ま。何だな、積もる話もあるだろうけど、先に森野を借りるわ」
代わりに返事し、ミーティングルームを指さした。
「しかしまあ、元気そうで良かったわ」
サンダルに履き換えた三田村が入ってきた。
「電話を頂いたようですみませんでした。留守してました」
「あ、いやいや。。」
「で」で」
ふたり同時だった。
それがおかしく、ふたりとも笑った。ひと息入れ三田村の言葉を待った。
「で、もうええんか」
「えぇまあ。なんとか。。。で、なぜまた三田村さんが」
「え。まあ・・・その。実は中沢とは同期入社なんや。しかも大学から一緒やってん」
まったく意外な言葉だった。
「え、じゃあサンダーソン。。。あ、いや三田村さんも東大?」
「まあな。信じられへんやろ」
「えぇ。。。。あ、いやその、なんて云うか」
すっかり口ごもって居ると
「かめへん、かめへん。自分でも自覚してるから。。。で、中沢や」
「。。。。あはぃ」
さらに驚くべき予想外な言葉が続いたのだった。
「奴、君のことで悩んでる、無理やり3課から引きぬいたけど、強引過ぎたやろかって」
「まさか引き抜き?この僕を」
「あぁ」
「引き抜かれるほどの大層なモンじゃないです」
「強引な頼みやった。社長室まで巻き込んでの」
「まさかそんな」
「すまん」
なんと、三田村が頭を下げた。
「あいや、なにも」
「中沢に頼まれた時、きっぱり断るべきやった。川村と横山は強い反対やってん。僕だけが賛成に回った。何せ一課ゆうたら出世コースや」
「え、そんな事が。。。けど劣等生の僕を?」
「何ゆうてるねん、ジャンニの成功。。。。ありゃすべて君の功績や」
「あいやいや、全然そんなコトないです」
口では否定しながら、まさかの嬉しさがこみ上げていた。
まったく予想もしなかったことだ。だが・・・
「けど、なぜにまた一課が・・・」
「あ、それそれ。最初おんなじコト思ってん。。。奴からまだ聞いてない?」
「えぇまぁ何も。。。て云うかほとんど休んでましたから」
「はは、なるほど。。。そりゃあ失礼。一課。。。」
「えぇ」
「婦人、子供モンも、海外とかのライセンスブランドに力を入れて行くらしい」
「なるほど・・・ライセンス。。。」
その時、コンコン
ドアをノックし、お盆に湯呑み茶碗を載せた前村が入って来た。
「失礼します。お茶どうぞ」
「お。気ぃ効くな。喋りすぎでノド乾いたとこやってん」
さっそく三田村はひと口、啜った。
「じゃあ僕も」と湯呑みに手をかけた。
ふと、下にメモが敷いてあるのに気づいた。
さっと前村を振り返ると
顔を赤らめながら「失礼します」
そう言うやクルリと背を向けた。
彼女の背中を見送りながら
一課もブランドファッション・・・・
頭の中でつぶやいたのだった。
つづく
※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。
(-_-;)