小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 21

出勤前の鬱々とした気分。あれは一体何だったと言うのか。あれこれ悩み、悶々としながら日々を暮らしたここ数カ月のことが、急に虚しく思えた。たった一度きりの人生、これからは前だけを見て生きようと思った。もちろん、これからも障害物に突き当たったり、大切な人との別れもあるだろう。だがきっとどこかに開ける道が現れるに違いない。。。
「あ、いけない。森野君そろそろ。」と、中沢課長が腕時計に目をやった。
もうすぐ9時半になろうとしていた。一課での朝礼が始まる時間だ。

 
「じゃあ三田村、世話んなった。そろそろ戻るわ」と中沢が立ち上がった。
三田村も立ち上がり
「あぁ、腹割って何でも話し合うことやな。そうすりゃ、お互いにいらん心配せんで済む」と笑った。
自分のことを云われたようで
思わず「ありがとうございます。気をつけます」と、礼を言うと
三田村は
「あ中沢、そこで反応せえへんから冷たいエリートて思われるんや」
「ぼ、僕がエリート?」中沢は髪をかきあげながら云った。
「ほらその仕草も・・・なるほど。知らん人間が見たら、バリバリのエリートや」と笑った。
「んなわけ。。。」
中沢は否定しかけたが「あ、云われてみると確かにそういう処も。。。以後、気をつける」と寂しく笑った。
「森野っ」
「あ、はい」
「中沢はこの通り、どっちか云うたら不器用な奴や。けどその分、生真面目で、正直すぎる程のええ奴なんや」
「えぇ。そう思います」
云いながら課長を振り返ると、照れくさそうに
「あ、なんか嬉しい」と云った。
「けど中沢にどうしても我慢出来んことあったら、いつでも戻って来いや」
「ありがとうございます。その節は是非」
「おいおい。。。」
「冗談ですって課長」
「う、うん。。。」
「よしよしその調子」
そう笑いながら、三田村は見送ってくれた。
だが、何か忘れ物があるような気がし、三田村の向こうを見渡したが、ほかの連中たちは、すでに仕事モードに入っていた。
                          ※

「と、いうわけで今日からまた僕らと一緒に頑張ってもらうことになった。皆よろしくお願い。あらためて紹介するけど、森野君は3課で数々の実績を挙げてきたエース。その彼を少し強引に。。。そんでもって個人的にも色々と体調を崩してしまい。。。けど今日から再び一課で。皆も、温かい気持ちで彼を迎えて。けんどやはり本人にとっては、そのう、なんて云うかその。。。」
中沢課長は、僕以上に緊張しているのか、途中で口ごもってしまった。
「課長、長い前置きは要りませんよって」
見かねたひとりが云うと全員がどっと笑った。
「あ、すまんすまん。とにかくよろしく。じゃあ森野君からひと言」と振った。
場が和んだことで緊張もほぐれかけていた。だが、皆の前に立つと、全員が注目する視線に圧倒されてしまった。緊張が再びぶり返す。
「えーこのたびは・・・・。。。。」
いきなりつかえてしまった。
すると
「えーこのたびは、お日柄も良く。。。て、仲人の挨拶かよ」
そのヤジにドっと笑いが起きる。1課にも横山さんタイプの先輩が居るモノだ。すっかり落ち着きを取り戻した。
「えーこのたびは、大変ご迷惑をかけました。さきほど中沢課長に紹介をいただきましたが、決してエースなんかじゃないです。でも自分なりに出来ることを精一杯頑張って行こう思います。よろしくお願いします」
ただひたすらにお辞儀をした。
「長いゴールデンウイークやったな。」
先ほどの先輩が云うと、また全員がどっと沸いた。
「ありがとうございます」
再び頭を下げると
「頑張りや」のあたたかい声援、そして拍手が続いた。
ようやく一課に受け入れてもらえた瞬間だった。

                          ※
さっそく10時からカルベロブランドについてミーティングが始まるという。
手帳を取りだそうとポケットに手を突っ込んだ時だった。
カサッ。何やら紙切れの感触がある。(え?あ、前村。。。)
こっそり寄越してくれたメモのことを、すっかり忘れていた。
三課をあとにする時、感じた忘れ物はこれだったか。
慌てて広げてみた。。。

 あの日、力になれなくゴメ
 ン。今更やけど、そしてキ
 ザな言い方をするけど、こ
 んごは何でもかんでも、
 この私に相談するよう。
 5月6日。7時。。。。

慌てて書いたのか彼女にしては乱筆だった。しかも変なところで改行されてある。
だが、その気遣いが嬉しい。。。
折りたたみ、そのままポケットに仕舞おうとした。
ふと。。
日付け、しかも時間入りと云うのが気になった。
前村らしく、律儀と云えばそうだが、なんとなく・・・ともう一度広げてみた。
7時。?メモをくれたのは8時前じゃなかったけ?ともう一度メモを眺めた。

すると、縦書きの言葉が浮かび上がった。

あ、あんざんこ。。。

                  つづく
※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)