小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 23

船場商事・繊維事業部としては、二例目となるデザイナーブランド(カルベロ・クラロ)だが、注目のブランドらしく他社においても角紅商事を筆頭に2、3の商社やメーカーが名乗りを上げていたという。
だが、前回と同様、破格値的な条件を提示し、他社を寄せ付けない圧倒的な大差をもって、仮契約にまでこぎ着ける見込みだという。そこには(ライセンス物は必ず当たる)という経営者側の読みが働いたのだが、今後の状況如何で、万一コトが運ばない場合、まったく無謀ともいえる投資額だった。
また今回の場合、実務に携わる現場サイドとしては決して手放しで喜べず、むしろ困惑のほうが先に立ったと言う。と云うのもカリベロの商品アイテムはメンズ、レディス両方に渡り、ジャンニ・ビアンコのように三課だけが中心のプロジェクトチームという訳にいかず、一課と三課、お互いの協力が不可欠な進行を余儀なくされ、未知の混乱が予想されたのだった。またカルベロがこだわる香水など化粧品の分野にも乗り出すとなれば、どの部署が担当すべきか、それも決めあぐねている状態だという。

「え、じゃあ受け入れも決まらないうちにニューヨークと契約?。それも三課単独で?。。。」
つい生意気な口が滑ってしまった。

だが中沢は冷静な表情で
「三課のことは、不慣れな僕らが乗り込むより、慣れてる彼らの方が良いだろうと。こちらからお願いしてたことやから」と言った。
「あ、すみません・・・それより契約。。。」
「契約?」
「えぇ、社内の体制を決めてからでも良かったのでは?」
すると清水先輩が
「ま、森野が言うように。。。無茶といえば無茶かもや、けどいま大事なんはタイミングちゅうかスピードとちゃうかな」と言った。
「えぇまぁ。。。」
「僕ら営業に行く先々から、せっつかれて居たんや。君んとこの婦人部門、ライセンス物はまだか?って。」
「たしかに。凄い勢いですね。デザイナーブランドのブームが、こんなに早く来るとは思いませんでした」
「ジャンニ・ビアンコが火を点けたんや。で、遅ればせながらライセンス物を物色。。。けど本腰を入れはじめたのはええが、誰もが知ってるようなのは、すでにヨソさんと契約済みあるいは交渉中や・・・」
「えぇ。。。」
「いまは無名やが、将来的に見込みのある奴なんて、僕らに分かるはず無い。で、そこで思いついたのが木内社長。。。」
「あ、繊維ジャーナルの?」
「あぁ」
まず、篠原さんち、リビングルームのソファーが目に浮かんだ。
あの日、コンビニで偶然見つけた繊維ジャーナル。複雑な思いを抱きつつも、全記事に目を通したのだった。いまこうして会社に居るのも、記事に触発され刺激を受けたことがきっかけとも言える。

だが・・・
「でも木内社長、繊維ジャーナルは引退されたようですね」
ガラリと変わってしまった紙面を思い出した。少し寂しい。
「いや、引退と言うより、別会社を立ち上げはった。今までのは娘さんに任せて」
「え、そうなのですか。また新しい業界誌でも?」
「いや。。。」
中沢はノートを繰り
「たしか、あたらしい名刺をココに。。。」と探していたが「あ、あった」と差しだした。
「すんません」
うっすらと木目調の柄がプリントされていた。
ウッディー・プランニング
代表取締役 木内政雄 
だが住所や電話番号は繊維ジャーナルと同じだ。
「世界のライセンスもんの紹介、ま一種のブローカーみたいな存在て、本人笑ってた」
なるほど。木内社長にぴったりだと思った。
ミナミの料亭大井屋であれこれレクチャーを受けたのが懐かしい。
「それでカルベロは木内社長のいち押しブランドだったのですね」
「まぁ。他にも2、3のブランドも紹介受けたけど、やはりカリベロが一番やと。ただ僕らの中では、カルベロの評価は最下位」
「まさか」
「さっき言った問題点のあれこれ。レディス部門だけじゃなく、メンズ物にも及ぶ。その場合の対応はどう?とか。それより何より一番の問題。。。」
中沢の表情が一瞬曇った。
「何ですの」
「柄とか色使いの個性が強すぎるて。これは日本人向きじゃないと言う声もいまだにある」
「え、そうなのですか」
いつしか田代さんからカルベロファッションのパンフレットを見せてもらったのを思い出した。言われてみるとやや奇抜なデザインだったような気がする。ただそのときは、田代さんの影響もあり、”素敵”という印象しか感じなかった。
「二の足踏んで渋ってた頃、この話が国光常務の耳に。」
「なるほど」
「ある日突然7階に呼ばれるなり、開口一番。(カルベロに決定せい)って」
なるほど。。。。ここでようやく登場か。と思った。
「そこですんなりと承諾し?」
「いや。。。。あはは」
清水は何かを思い出したのか笑いながら
「この普段はおとなしい中沢が、(簡単に決められませんよ、ええ加減にしてください)て真っ赤な顔で怒りだしたんや。いやーあの時の顔、いま思い出しても笑える」
「あ、その話はもうえぇ」中沢が慌てた。
「すまんすまん。で、国光も(ぐだぐだ考えずに、決めたらえぇんや、何の問題があるんぞ)て、一喝や」
「えぇ」
「それで、僕ら思いつく限り。。。たとえばライセンス物は不慣れなこととか、メンズ物は僕らの範疇から離れるとか、ありとあらゆる不安や不満を並べ立て。。。で、国光どう応えたと思う?」またも笑いながら清水先輩が訊いた。
「え、さぁ。。。」
「三課に森野ちゅう男が居る。奴を一課に引っ張ったらええ。。。うん、それで万事解決や。。て」
!!
なんとまあ。。。。そんなあ。。。。それで今回の。。。。

だが何もかも、腑に落ちたような気がした。
ふいに部屋の隅の花瓶が目に入った。
あ、ライラック。。。

ふと美佐江さんの面影も思い出していた。

                     ※
その後カルベロの日本における展開アイテムはどれをメインに持っていくかの議論が交わされた。
通常ならば、華やかでおしゃれなカジュアルの展開をメインにすべきなのだが、なぜかカルベロ本人は、ワークファッション。。。つまり”仕事着”の方をメインにと主張されていたのだった。
ニューヨークから届いたばかりというエアメールが回覧された。

「何やこれ、いくら洒落てるちゅうたかて、単なる仕事着やん」
とか
「なにこれ」
そういう声が上がり出した。
ようやく手元に回ってきた。
あ、と声を上げそうになった。
その女性。。。
何かの作業中なのか、白の長靴を履いていた。片手には真っ赤なバケツ。そして着て いるファッションと云えば、モスグリーンのツナギ。
何か射るような鋭い視線を向けていたのだった。。。



                  つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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