小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 24

「仕事着というより、米軍の払い下げやな。」
清水のひと言に、営業部員たちは「あ、まさしくそれですやん」
とか
「信じられへん」「こんなん、ファッションとちゃうやん」
など口々にぼやき始めた。
中沢は?と見ると、手元に戻った写真をにらんだまま、ピクリとも動かない。
「課長、ほかになんか入ってませんの?」
清水の問いに、ようやく中沢は
「え、あぁ。」と顔を上げた。
「カルベロ本人からの手書きメッセージが・・・」と一枚の便せんを取り出した。
いまから訳しながら読み上げると言った。
(なんと同時通訳?さすが東大出。。。)

「えーディスフォトイズ。。この写真は、日本での展開スタート時に於けるテーマイメージ。よくありがちなファッションブランドとは一線を画(かく)し、差別化を計ることが狙いです。そういう私の夢や思いを込めたメッセージとして、受け止めていただくことを希望します。。。以上。」
「え、そんなことが?」
「あぁ・・・・。微妙な違いがあるかもやが、まったくの誤訳はないと思う。」中沢は清水に便せんを渡した。
清水は「どうも」と受け取るや便箋に目を通した。やはり清水も辞書なしで読めるらしい。
「たしかに。。。けどあれのどこに彼女のメッセージが・・・写真、もう一度見せてもらえます?」
と、写真を受け取った。しばし便せんと交互に見比べていたが
「そらあ差別化はできるやろうけど、なんか方向がちゃうような。この写真に込めたちゅうカルベロの思いて、サッパリわからん」
中沢に戻そうとしかけ「あ、みんなも確かめてくれるか」と隣に回した。
部員たちは、回ってきた便せんと写真を交互に眺めていたが、次々と失望の表情に変わった。
ようやく便せんと先ほどの写真が回ってきた。
ところどころ意味がわからない単語もあったが、スタート、テーマイメージ。ドリーム。自分レベルでも分かる単語がまず目に飛び込んだ。そのおかげか清水や皆が嘆くほどの悲観すべきこととも思えない。
どこか挑発的な射るような視線にこそメッセージが託されているようにも思った。
それにしても・・・・。
長靴にモスグリーンのツナギという篠原ファッション。これはいったい何だろうと思った。運命のいたずら、もしくは何かの暗示としか思えない。色まで同じだとは・・・。
ふと顔を上げると中沢課長と目が合った。
「森野君はどう思う?なにか言いたいような。。。」
「あ、いえ別に。。。」
「ほんまや、ぜひ森野の意見を聞きたい」清水先輩も振り返った。
「え、まあ僕の個人的な感想ですが、それなりに面白いのではと」
「はあ!?」「え。。。なぜそう思う?」
「何となく。。。ただ何となく。。。」
「それじゃ答えにならへん」
清水先輩が笑いながら返してきた。
「あ、すんません。うまく言えませんが。。。彼女の強い意志というか個性を感じました。」
「個性さえ出しゃあ、エエちゅうもんでも無いで」
「はぃ。。。ただ。。。よそと差別化になると」
「たしかに差別化には。。。」と、中沢が頷いた。
「課長。ほんまに自信持って売りに歩けます?」と清水は中沢に矛先を向けた。
「それとこれとは違う話。。。」
「いや違うことない。大事な問題ですやん」
自分のせいで何やら雲行きがおかしくなってしまった。
「あのー」
「なんや森野」
「はぃ。レディス物はまだまだ勉強不足で正直分からないです。それとこういうのは女性に意見を訊いたほうが良いのじゃないでしょうか?」
すると中沢は
「そういえば宣伝課の若林君は?」と部屋を見回したあと清水を振り返った。
「あ、すんません三宅室長からの連絡、言うの忘れてました。彼女んち、昨夜Uターンラッシュに巻き込まれ、家に着いたのは、かなり遅かったらしいんですわ。で、午前中は休ませることにしたからって。。。ちょうど課長が三課に行ってるときでしたから」
「あぁあの時な。」
じゃあ仕方ない。。。と中沢は立ち上がった。ドアを開けきょろきょろと見渡していたが
「あ、君ら。ちょっと来てくれる」と手招きをした。
やがて高田が先輩社員の吉岡と入ってきた。
「何でしょうか」高田はやや緊張ぎみに入ってきたが、声にはハリがあった。
「けさ高田さんが届けてくれたこれ。。。」
「タカタです」
「え、あぁ。。で、この写真、女性のファッションとしてどう思う?」
「えー。これ。。。ですか。」
高田は手に取るや驚きの声を上げた。だがしばらくすると
「あ、でも可愛いと思います。いいんじゃないですか。先輩はどう思います?」
と、横の吉岡に渡した。たしか高田より3年先輩だが吉岡のほうが年下に見える。
「うーん。私の場合は。。。ちょっと・・・・」
吉岡はじっくりと眺めていたが
「やはり無理です」と高田に返した。
清水は笑いながら
「ま、吉岡の反応が普通だわな。で、高田よ。」
「タカタです」
「え。あぁ。。。で、それのどこが可愛いねん?」
「え・・・うーん」
しばらく無言で写真を眺めていたが
「可愛いと言うより、よく見たら格好イイです」
「はぁ!?格好イイ?。ゴム長やで。ほんまにそう思うか」
「全然思います。。。。この堂々とした。。。誰にも媚びないちゅうか、あ。」
「なんやねん」
「この顔の表情。。。」
「表情?」
「えぇこの表情もやっぱ憧れます」
「ま、表情は別にしてやな、そういうファッションが本当に格好ええかどうかや」
「ですから。。。この写真全体の雰囲気。。理屈とかじゃなく、なんとなくですけどぉ」
「高田よ」
「タカタです」
「えあぁ。タカタ。ズバリ訊くけど、それでほんまに街、歩けるか?」
「え。街ですか。。。。」高田は一瞬ひるんだものの
「あー。でもこれて悪くない思います。」
と清水の目をしっかり見すえ、言い切ったのだった。
清水も何かを言い返そうともう一度身構えた。
だが結局なにも言い返せず黙ってしまった。
そのとき、
「あ、君ら急に呼び立てて悪かった。ほんま参考になった。ありがとう。」
中沢が締めくくった。
 だが波乱に満ちた幕開けだった。


                 つづく
※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。


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