小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 28

洗面所で顔を洗い、暖簾をくぐり出るとタカタが廊下の壁にもたれ佇んでいた。タカタもかなり呑んだ筈なので、たんなる酔いの影響なんだろうけど、すっかりしょげていた。僕に気づくと、ぴょこんとお辞儀をするや駆け寄ってきた。
「どうぞ。。。これ。フロントで借りてきました」
と、白いタオルを差し出してきた。
顔面へのビールシャワーの怒りなど、すでに消えていたが平身低頭な彼女に、少し懲らしめたれ。ふと、いたずら心が芽生えた。
ふんっと視線をそらし
「ほんま最悪やったわ。今ごろのタオル、遅いっちゅうねん」わざとな怒りの声をぶつけてみた。
「す、すみません。。。けどぉ。。。」
「いらん、乾いた」
すたすたと歩きだすと、泣きそうな声で
「そんなあ、まだ」と追いすがった。
だんまりを決め込み無視していると、なおも
「まだ濡れてますやん」と食い下がってきた。

「しつこい。」
「あのぅ。。。。」
あ。
こんなコトしてる場合じゃない。。。
突然前村の顔が浮かんでしまった。
おそらく。。。。だいぶ待ったろう。
はっ。店に電話・・・・たしか去年もらった女将さんの名刺が。
「あのぉ。。」タカタに腕をつかまれた。
「あのな、こっちはそれどころ。。。」
つい怒気を強め、振り返ったが、今にも泣きだしそうな眼と合ってしまった。
「え・・・」
タカタは”元気はつらつ系女子”と云うタイプで、どちらかと云えば異性としての興味はなかった。
だが、今にも泣きそうな表情と、妙に”しなを作った態度を見せつけられ、胸の底が小さく騒いだ。
え。何?。。。この感情・・・・
「あのうタオル・・・」
「るさいな。。。」
「でも。。。。」
本人は気づいてないだろうけど、今の彼女は妙に女っぽいところがある。
「しゃあないな」と手を伸ばすと
パッと笑顔になり、
「ありがとうございます」もとの元気娘に戻ったのだった。
「タカタよ、」
「はい」
元気のないほうが魅力的や。そう言おうとしたが
「あいや、何でもない」
そう言いながら、タオル受け取り、さっそく顔をひと拭きした時だった。
突然、ぐるんっと胸を突き上げ、揺さぶるモノがあった。

(このふんわりとした感触と、花の香り。。。)
雨上がり。ビルの陰。白いゴム長。モスグリーンのツナギ。
瞬間、フラッシュバックのように映像が浮かんだ。
そして。。。
なんと映像だけでなく隣の宴会場から歓声が聞こえたかと思うとカラオケの伴奏と歌声が始まった。
あの”ルビーの指輪”だった。
やがて、無性に哀しい感情が次々とこみ上げる。
な、なんやねん、これ。。。
たまらず座りこんでしまった。とめどもなく涙が頬を伝う。タカタに見られまいと、タオルに顔を埋め、嗚咽をこらえた。
「えーどうしましたん」
タカタもくっつくように座り込む。
「いやどうもない。。。」タオルに顔をうずめたまま返事する。
「誰か呼んできましょか」
息を整え、「あ、ちゃうねん、そろそろ部屋に」
涙はおさまりかけた。
どうにか立ち上がったが
ぐらりと揺れた気がした。とっさにタカタの肩につかまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん」足を踏ん張ったものの、ぐにゃりと力が抜けたようだった。廊下の床はスポンジのようにへこんだ。
胸も苦しく動悸が始まった。肩で息をする。
「うわあ、凄い汗」
「え?」
(今ごろなぜ・・・・。悪酔い?)
「とりあえず部屋へ。。。」
壁に手をつき立ち上がる。
だがその瞬間、またもぐらりと揺れ、今度は目の前が暗くなった。
「わ、わっ。森野さあん」
タカタは僕の肩を揺さぶったあと、手を入れ抱え上げようとした。
前村の顔が交差する。
「すまん、前村。。。」
「はあ?」
とうとう天井がぐるぐる回りだした。
「あかん・・・」
「うわぁ凄い汗。森野さあーん、あっ中沢カチョー!」
「何やってんだ」
「森野さんがッ」
「おいッ森野ー」


               つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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