小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 30

用を足し廊下に出てみると、タケさんの背中が見えた。近づいてみると手すりにもたれ庭の方を眺めていた。
わざわざ待ってくれていたのだろうか。眼が合うと
「もうすっかり、あれでんな。お元気そうで何よりですわ」と笑った。
「え・・えぇまぁ」
昨夜の記憶は殆ど飛んでいた。
きっと、このタケさんにも厄介をかけたに違いない。
「かなりご迷惑をかけたのではないですか?」と訊くと眼を見据え
「あ、いや全然。」と手を振り「あれぐらい、慣れてまっさかい。なにも気になさらずに」と云った。
「え、やはり相当な迷惑を」
「いやいやお嬢はんを迎えに行ったついでやさかい」
「まさか迎えにって、あの店まで?」

「へぇ」
「うわあ、やっぱり」
「クルマでしたから、ぜんぜん」
「そんなコトないでしょう」
すると真顔で
「いや本当だす。お嬢はんひとり迎えるのも、ふたりや三人も同じことですから」と云った。
それでつい、その言葉に甘え
「そうですか」と深く考えもせず、軽く頭だけを下げたのだった。
「ほな戻りましょか」
「えぇ。」
立派な庭を眺めながらの長い廊下だった。
「しかしまぁ」ぐるりと見渡し「迷子になりそうですねココ」と云った。
大人でも迷子になりそうな広い屋敷だった。渡り廊下の向こう側に池が見えた。
「あ、ちょい待っててくれまっか」とタケさんは懐に手を入れ
「ついでやから餌あげて行きますんで」
「鯉ですか」
「へぇ」布袋から餌をつまむや、慣れた手つきで、左右に孤を描き始めた。するといつの間に現れたのか、鯉たちの群れが激しい水音をたて、ひしめき合った。われ先にと、すさまじい勢いで口をぱくぱくさせた。間近で見るのは勿論初めての、壮絶な光景だった。うち一匹の鯉と眼があった。睨まれたようで思わず足がすくんでしまう。
「うわあ」
「どうです可愛いもんでっしゃろ」
「えぇまぁ。。」
「お宅さん・・・・えーと」
「あ、森野と申します」
「そうそう森野さんもどうです、まだ残ってまっさかい」
云うや、にゅうっと袋を差し出してきた。
「あ、いやまた今度。。。」と応えると
タケさんは残念そうな表情で
「そうでっか。ほな」最後のひと掴みを撒き終えた。
そして、にこやかな顔を向け
「是非また来てくださいや」と云った。
「えぇありがとうございます」
また今度って応えたものの。。。
これほどの屋敷。ぐるりと見渡した。
「それで、こちらはどのあたりですの。住所」と訊いた。
まさか大阪市内じゃあるまいと訊ねたつもりだった。だが
「へぇ立売堀だす。船場さんからもほんのご近所で」
「えっ、立売堀。。。。あ。。」
タケさんの羽織った印半纏。その背中の屋号にようやく気づくものがあった。
テレビドラマでその名を知り、新聞か雑誌で幾度となく伝記もの記事を読んだ記憶がある。江戸時代、終わりごろから続く材木商。たしか立売堀と云う地名は、材木を立てかけた処から来ていた筈。
「もしや、あの高田屋総兵衛の末裔?」
「へぇまぁ」
「うわぁ。すごいじゃないですか。」
「あ、いや。と云っても血引くんは四代目はんでして、わては四代目はんの義理の弟にあたります」
「義理といいますと?」
「へぇ、わての姉が四代目の女房、つまりお嬢はんの母親でおます」
「じゃあタカタとは叔父、姪のご関係で」
「ま、世間ではそうだすな。でもわてにとったら、ご主人様の大事なひとり娘、やっぱお嬢はんだす」
「タカタはひとりっ子なんですか?」
「へえ」
「じゃあ将来、五代目。。。」
するとタケさんは、庭の向こうに視線を向け
「さあどうですやろ。将来、婿養子に来てくれるお方次第でっしゃろな」とつぶやいた。

                          ※

連休明けの週末を迎えた営業一課。朝から何かと騒々しい空気が漂っていた。
予定では、朝いちに三課の川村課長と横山先輩が伊丹空港に到着。その足で船場商事に出社、カリベロクラロ合同会議を行うことになっていたのだ。
清水が中沢に
「課長、連絡はまだですの?遅いんちゃいます?」と訊いた。
中沢は
「あぁ、とっくに出社してる筈な時間だが」と返事し、
「森野君。すまない」と手招きした。

                          つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)