小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 31

「森野君、すまない」
中沢の手招きに
「はい課長」と勢いよく反応したものの、(やはり来たか)と思った。心と足が重くなった。
案の定、中沢は
「先ほどから電話してても、らちが行かない。向こうの様子を確かめてきて欲しい」と頼んで来た。
やはり・・・
「三課ですか?」
中沢は、当然やがなという顔で
「もし川村課長を見かけたなら、直ぐにでも引っ張って来て欲しい。会議を始めたい、カルベロの」と云った。
「は、はぃ。。。。承知しました」
「え、その顔。なにか不都合でも?」

「あ、いえ何も。じゃあ行ってきます」
「すまん頼む」
「承知です」
中沢に一礼し部屋を出た。川村課長や、横山先輩とは、ほぼ1ヶ月ぶりの再会だ。懐かしさこそあるものの不都合なぞ何もない。だが。。。
だが3課には・・・前村加奈子。
彼女の存在が少しばかり足を重くした。

昨日の場面がまたも思い出された。おそらく当分のあいだ、頭から消えそうにない・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

すっかり高田宅に中沢とともにお世話になった朝、3人揃っての出社だった。全員二日酔いだったが、高田の家から会社までほんの5、6分の距離。せっかくだから早朝出勤をと、中沢が言い出し、7時すぎに着いたのだった。
「君ら先に行っててくれる、階段で行くから」
「え階段ですか」
「あ、ちゃうちゃう貿易部。ほなこれ鍵」
「あはい」
二階の貿易部に用事があるという中沢と別れ、高田とエレベーターに向かった。
仕方なく早朝出勤につきあわされた高田。それまで不機嫌そうに無口だったが、
「あはっ」と笑いながら
「さっき、”あはい”てまた云った」とからかってきた。
「え、云ってないわ」
「いーや、ゆうた」
歓迎会でのヒトコマが甦る。その後すっかりこの高田に世話になったのだった。もう無駄な論争はするまい。
エレベーターは5階で止まっていた。呼びボタンを押しながら
「しかしまあ、すっかり世話になってもうて」と頭を下げる。
「あれぐらい、全然。。それより。。。」と高田は口をつぐんだ。
「え、何?」
すると、いたずらっ子の顔で
「ふたりで出勤。ここ誰かに見られたら、きっと怪しい仲やんて思われる」
おどけながら腕を組んで来た。
「あ、やめろって」
口では云いながらも、すっかり世話になった高田に、親近感を抱いていた。腕をふりほどきもせず、にこやかに笑い合った。まさにそのタイミングだった。
チンと鳴ってエレベーターの扉が開いた。
「あっ」
「えっ」
誰も乗って居ないだろうと勝手に決め込んでいたが、降りようとした前村加奈子と眼があった。手にはゴミ袋を下げている。
とっさに腕をふりほどいたものの、しっかりと見られてしまった。前村は瞬間、怪訝な表情を向けたものの、さっと笑顔になり、何事も見なかったかの表情と冷静な声で
「おはようございます」と頭を下げ、そのまま横をすり抜けた。
「あ、あぁ。お早うさん。ゴミ捨て?」と背中に声をかけた。
だが前村は、振り返りもせず、ゴミ捨て場に向かったのだった。
仕方なく気まずい空気と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
ひとり高田は無邪気な顔で
「前村って、いっつもこんなに早いん?」と訊いてきた。
「え、彼女知ってるん?」
「一緒の高校やってん、クラスは違ったけど」
「なんと」
「彼女、ずーと学年で一番やってん、けど家庭の事情で進学は諦めたて、ツレが云ってた」
「ツレて彼?」
「ちゃうちゃう、女の子。居酒屋でのバイト仲間」
「へーぇ居酒屋・・・・あっ」
「え、どうしたん?」
「あ、いや別に・・・」
(案山子・・・)
ようやく、前村のメモを思い出したのはその時だったのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

三課の入り口前に立った。前村に、あれは誤解だとハッキリ言わねば。。。
だが、それより問題は案山子。。。。
はてさて。どうしたものか。逡巡していると
「あれ、森野?」
背後の声に振り向くと川村課長と横山先輩。そしてなんとあのカルベロ・クラロ本人が立っていた。

 ふんわりとあのコロンの香りが漂った。


              つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)