小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 40

仕事の面では上々のスタート。。。だが一方。。。要するにプライベートに関して言えば、なにがしかの波乱があったに違いない。その、続き話の件で誘ったのだろうけど、森野はなかなか切り出そうとはしなかった。というより、バー鳥越のマスターを目の前にして、どうやら暗い話は避けていたようでもあった。むろん私とて、バー鳥越の雰囲気やマスターの人柄に酔い知れ、旨い酒と”割烹まえむら”から差し入れられた料理に舌鼓を打ち、久しぶりに味わうくつろぎの極上の時を過ごしていたのだった。他の客が居ないのを好いことに、鳥越のマスターも交え、三人の会話が弾んだ。
ミモザの続き話などすっかり忘れた頃、ぽつぽつと客が入りだした。森野とも、なじみ客なのだろう。「やあ」とか「よお」とか声を掛け合っていたが
「奥へ移動しましょか。マスターにしゃべり疲れが出たら責任重大ですわ」
森野はグラスを持ったまま立ち上がった。
このあたりの気遣いのタイミングは”お見事”としか言いようがない。
(お話できて嬉しかったです)マスターに黙礼すると(おいのほうこそ)とでも言うように、深々と頭を下げられた。

「しっかしまあ。昔のまんまでしたね、ここ。いやあ感激です」グルリと見渡した。「やはり。。。」森野は眼を細めた。
「え、何がですの」
「あ、いや。寺島さんもきっと気に入ってもらえる。思ったとおりでした」
「えぇ。それに加え。。。これはひとつの奇跡ですね。今も残るミモザの世界・・・・大井屋はもうあれですし、吉富病院も移転」
「まさか、行って来られたのですか」
「実は。。。石坂邸があったと思われる場所へも」
「石坂。。。」森野はグイッとハイボールを空け、マスターにお代わりを頼んだ。心持ち、飲むピッチが早い。
「あそこもオフィスビルだらけ。。。吉富町。。。かろうじて町名だけですわ。残ってるのは。けどあの場所、美佐江さんや美央らと過ごした日々は、私のココに永遠です」云いながら森野は、そっと胸を抑えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつしか話題は森野の入社二年目、衝撃的なあの話に。。。
「しっかしまあ、劇的というか凄い出逢いだったのですね」
「えぇ。。。あぁ篠原さん。。。」
森野はグラスをカウンターに置いた。ハイボールの氷がコロンと鳴った。
「今の私があるのも、すべては彼女のおかげや思ってます。あの出会いがなけりゃ、枯れたまま朽ち果てた人生だったでしょう」
森野はそうつぶやくと、ふっと遠い目で、カウンターの向こうを見つめた。

「で彼女とはその後?。。。」すると何かを思い出したのか、森野は満面の笑顔を向けた。
「寺島さん」
「あ、はい」
「彼女、一度だけ、テレビCMに出演してもらったのです。カルベロの」
「え、まさか」
「あ、と言ってもセリフの無い。ドキュメンタリータッチのCM。実際にパッカー作業する光景を、遠廻しカメラで」


あ。

記憶の底にあった何かが浮かび始めたと思った。しかもくっきり。
「そう言えば。。。それて昔、話題になったコトありません?」
「えぇ、社会的に思わぬ反響を呼びました。例のツナギに長靴姿。黙々とパッカー作業する長い髪の女性。延々と流れる映像は、その作業光景のみ。一体何の広告かとフタを開ければ、最先端を走るニューヨークのファッションブランド。そのギャップの大きさもですが、最後の『カルベロ・クラロは働く女性を応援します』たったそれだけのナレーションで、観る者たちに感動と、カルベロのコンセプトを強く印象づけました」
「なんか霧とクラシックピアノのBGMも印象的でしたね。てっきりニューヨークかヨーロッパでの撮影とばかり。まさかあれ日本だったのですか」
「もちろん、深夜のミナミ。彼女の受け持ち区域です。ただ霧。。。あれ、実は後から編集で合成させたものです」
「確かCM大賞か何か、獲られたのでは?」
「お陰様で。リアルタイムでCMの流れなかった地域にも全国的に広がって。。。」「あぁそれで。。。あの映像は覚えてます」
「ありがとうございます。」
「で、まさかCMそのものも、森野さんの発想で?」
「えぇまぁ。」
「うわ凄いです。けど、最初反対が多かったでしょ。今でもCMとしては、かなり前衛的な」
「ま、それなりに。けど中沢や清水を始め、殆ど全員が賛成してくれました。今思えばそれも奇跡です」
「清水さんね。。。僕、彼のキャラ好きですわ」
「はは、彼。その後、高田屋の立派な五代目として頑張ってます」
「うわあ。なんと。じゃあ、あのタカタの婿養子に?」
「えぇ」
それだけでも、一冊の物語りになる。
「人の縁なんて、どこでどう転ぶか。。。です」
「いやはや。。。あのふたりが。。」グラスの氷が またコロンと動いた。つくづくと。。。さまざまな感動に出会った一日だと思った。
「寺島さん」
「え、はい。」
クイっとグラスを空け、えぇと振り向く。

「例の続き。。。。。」ぼそりとした森野の声だった。だが瞳には、覚悟を決めた何かが光った。        

つづく
※ 言うまでもありませんが、当記事は フィクションです万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。
(-_-;)