小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 41

(例の続き。。。)ぼそりとつぶやいた森野の声だった。
すっかり忘れていて、「続き。。。て何の?」と一端、訊き返してしまい、あ。と思い出した。「あ。ミモザの。。。」
「はい。。。」森野の眼は、なにか覚悟を決めたようでもあった。
「清水先輩やタカタらの話が出たついで・・・ついでちゅうたらあれなんですけど。。。」言ったあと森野は、視線を落とした。ん!?先ほどから、鳥越のシェーカーを振る音が、小気味良く聞こえていた。いつの間にか店内は、静かながらも熱気を帯びていた。マスターに惹きつけられ、皆、吸い寄せられてきたのだろう。
「マーティニて、一度味わってみたかったんです」虚を突かれた森野はえ?と応えながらも、
「はは。結構、通ですな。マティーニと言わず、マーで伸ばすところなんぞ」
「え、そうなんですか。新聞社時代、上司がそればかり頼んでました。僕はずっとビール派で、たまにジントニックとか」
「マーティニもそれなりに無難ですけど、僕はユキグニ。あとで頼もう思ってました。寺島さんも如何です」
「ユキグニて雪国のユキグニ?」
「えぇ、ウォッカがベースの、ちょっとキツイかもですが、それなりにしっかりした味わいです」
余程の自信があるように見えた。「えぇ是非僕も」言うや森野はマスターに合図した。野次馬根性など無かったと言えば嘘になる。けれど、もし、ミモザの続き話が、暗いのなら、今夜は聞きたくないと思った。久しぶりにくつろいだ気分の、極上の週末だった。感動の余韻はそっと懐にでも仕舞っておきたい。
「にしても、あの清水先輩がタカタと。いやはやまったく。高田屋の五代目とは」わざと明るい声を作り、話題も明るい方と持って行こうとした。だが森野は、例の案山子。。。あの続きなんです。。。

その時、森野の携帯から振動音が聞こえた。取るのをためらっていたが、ディスプレイをのぞき込むなり「あ、鈴木君・・・。申し訳ないですけど」と断りを入れてきた。「ささ、早く」手で合図する。森野は一礼すると、後ろ向きに立ち上がった。
鈴木圭子。。。山根監督に、三浦教授。そしてなんと言っても河本浩二。胸が震えた。北摂大のグラウンドやクラブハウス。そしてモスクワスタジアムの光景は、まるで昨日のように思い返せる。彼女の卒業後も、森野のチャレンジスピリッツ入社のおかげで、途切れるはずだった縁も、こうして繋がっているのが嬉しい。それは彼女にとっても、私や、河本らとの縁を繋ぐことでもあった。しっかしまぁ。週末のこの時間まで仕事とは。。。それより。森野の続き話。。。。なんだ案山子の事かと、少し拍子抜けにも似た安堵感がこみ上げた。顛末について、気になっていたものの、今や加奈子夫人と森野は、絵に描いたようなおしどり夫婦。大阪に呼び寄せた女房ともども、家族ぐるみのつきあいをさせて貰っている。

ようやく森野は「どうも失礼しました。寺島さんにくれぐれも宜しくとの事でした」「あ、どうも。で、この時間まで仕事?」もうすぐ10時になろうとしていた。
「え、まぁ。。。ニューヨークはようやく朝なので」
「なんとニューヨークとは。。。」
「今やすっかりと。彼女なくしてチャレンジスピリッツジャパンはあり得ないです」「まさかそんな。少し大げさでは」
「いえ、今や私より、リチャード会長からの信頼も厚く。。」なるほどなぁ。彼女ならそうかも。 YUKIGUNI。。。(雪国の鮮烈)と名付けられた ウォッカベースのカクテル。森野のお奨めのこのカクテルは、確かに味わい深い呑みごたえだった。人生の辛さ、苦味 その他ありとあらゆる負債の部分が濃縮されている気がした。

                    つづく
※ 言うまでもありませんが、当記事は フィクションです万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。
(-_-;)