小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 43(最終回 後編)

「えまあ、人探しですわ。森野はんの依頼で。。。。あ、つい依頼者の名前出しましたけど、忘れて下さい」 「えぇ心得てます。で、もしや篠原さんを捜しに。。。。」

え、それをなぜ。。。。。。ヒロシはキョトン顔を私に向けた。こちらの表情を伺いながら「まさか彼女のこと・・・知ってはったんですか?」 「そりゃあもう。」 「あ、そうなんや。。。それならそうと」ひと安心したのか、いつもの人なつっこい笑顔が戻る。 「それで、彼女は無事に?」 そう訊くと、ヒロシは袖をめくり、腕時計を見た。もったいぶるように「寺島さん、こういうのて法律的にどうなんやろか。。。」 言うと、目をそらした。 「え、何が?」 「いえね、当事者たちの了承も得ないまま、個人情報を漏らすっち。。。」 「んなあ、今さら。佐々木事務所のヒロシ探偵さん。」 「ぷ。何ですねんあらたまって」 「森野の・・・・。その篠原さんの件は、たんなる物書きとしてじゃなく、いち親友として気になってたんです。森野の悩みは自分の悩み。彼の喜びは。。。あ、何なら今すぐ承諾を得ます」携帯を取り出した。すると携帯を手で制しながら 「はは、わかってますよって」 「じゃあ」ヒロシは、また時計に目をやり「今ごろ、無事に再会してまっしゃろ」「え」 「よほど会いたかったんでっしゃろ森野はん。何を放っても、すぐ駆けつけるぅ言ってました」 「うわあ。で彼女はご健在で?」 「えぇ、もちろん。まだまだお若い方で面食らいました」

数日前のことだった。。。バー鳥越で、森野と会ってしばらく経った夜。ひと仕事を終え、息抜きにと、ネットを立ち上げ、あてもなくのぞいた動画サイト、ふっとひらめくモノがあった。試しに検索窓で、”CM大賞””カルベロクラロ”と打ち込んでみたのだった。すると案の定。約30年前とは云え、一世を風靡したテレビCM。いきなり数件もの動画がヒットした。その動画は、もちろん今ほどの鮮明な映像では無かったが、往時の記憶を呼び戻すには充分だった。内容的にも、古さを感じさせず、CM大賞にふさわしい作品と言えた。あたり一面、霧の立ちこめる夜の街角。(この霧が合成だったとは)美しくもどこか悲しいピアノソロが流れるなか、遠くにぽつッと灯るふたつの光。徐々に大きくなり、近づくそれは、パッカー車のヘッドライト。。。。停車と同時にドアが開き、軍手をはめながら降り立つ長い髪の女性。グリーンのツナギ、そして白のゴム長。BGMはピアノソロからフルオーケストラへと変調。曲に合わせるかの一定のリズムを刻み黙々と作業。ときおり汗をぬぐう仕草をとらえたカメラ。だが遠廻し、しかも後ろ姿なので表情までは見えない。やがて作業も終了に近づき、回り込むカメラは、徐々にクローズアップ。。。固唾を呑んで待ちかまえたが、左の袖で汗をぬぐうシーンに、ちらっと横顔が見えただけ。そこでズームアウト。いったい何のCM?と思わせたところで、例のナレーション。。。(カルベロ・クラロは、働く女性を応援します)最後に、洒落たロゴマークとbyニューヨークファッションの文字が申しわけ程度。しかも一瞬だけ映し出されて終了。CMとしては珍しい1分強の長編。その割に、肝心の商品名は、ナレーションをあわせても、ほんの数秒だけ。しかし、何のコマーシャルかと、観る者の好奇心を大いに引きつけ、最後に登場したブランドを心に深く刻み込ませるという、実に心憎い演出だ。当時、日本では無名だったカルベロブランドが、一気にお茶の間に広がったのも、このCMのおかげといえよう。また、このドラマ仕立てのCMが大きく反響を呼び、その後、同じような手法のCMが一時流行った。だが所詮は、二番煎じの悲しさ。「あ、カルベロのパクリやな」と酷評されたものだ。その後、動画の再生を繰り返すうち、一見ドキュメント風に見える映像だが、あらゆる角度から捕らえたシーンで構成されているのに気づいた。おそらく何台ものカメラ。照明、スタッフ。さぞ大がかりな撮影だったろぅ。撮り直しの連続だったとすれば、彼女にとって相当な負担だったのでは?任侠探偵のロケに立ち会って分かったことだが、素人エキストラの場合、ほんのなにげない動きでも、カメラや周囲のスタッフを必要以上に意識してしまい、ぎこちなさがどこかに現れる。たった数秒のシーンに嫌と言うほどNGの連発だった。篠原さんの場合だって、いくら日常慣れた作業とはいえ、まるでカメラなど眼中に無い動き、OKが出るまで、さぞかしの撮り直しがあったろう。それにしても、カメラをまったく意識しないこの動き。。。え!?いや、むしろカメラやスタッフ。。あえて言うなら森野を意識しての、わざとな演技!?そう思わせるものが一瞬見えた気がした。まさかと彼女の動きに注目し、再生を繰り返した。すると人生の哀愁や喜び、絶望と希望。かよわい女、強き女性。そういった、さまざまなすべてを、短時間、しかも背中と横顔に凝縮させ、表現しているかに見えた。まるでカメラの向こうに訴えかけるかの如く。。。決して素のままじゃなく、演技!?しかしとも思う。おそらく思い過ごしだろう。素人にこんな芸当など・・・・あ、(書棚にずらりと並んだ演劇関係。。。)CM大賞受賞。そこには、森野を想う、篠原さんの名演技があればこそだったのだ。ふいに涙がこみあげた。

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森野は動画の存在を知らなかった。「え、そうなのですか。今夜の楽しみが一つできました」 「いやあ、何度見ても感動もんです」 「ありがとうございます」 「撮影もかなり大変だったでしょう、OKが出るまで」 「いえ、本番は一発でした」 「まさか」 「もちろん事前の打ち合わせは念入りでしたけど」 「彼女、元、劇団の関係者?」 「わかりますか」 「そりゃあまぁ。かなりの演技が入ってましたから」 「やはり。。。。僕らあとで知りました、三宅さんだけが気づきはったんです」 「宣伝広報課の?」 「えぇ。[もしや”ふるさと文芸座”の篠原さんでは?]て。」 「ほーう」 「将来を期待された看板女優さんだったらしいんです。けど、のどのポリープでやむなく引退を余儀なくされ。。。その後、波乱に満ちた人生。。」 「なんとまぁ。でその後、彼女とは」 「えぇまぁ。。」少し沈黙のあと、「神戸に住むのが夢ってあったでしょ」 「えぇ」 「1994年に夢叶って、神戸で喫茶店を始めるってまでは風の便りで」 「え。。。。もしや、震災の前年?」 「はぃ」 「なんとまぁ」 「ボランティアの真似事をしながら、あちこち探し歩いたんです。けどとうとう捜しきれず。すでに家庭も持ってましたし、海外勤務が続いたこともあって。言い訳に聞こえるでしょうけど」 「いえそんなことなど。。。」そう言って、電話を切ったのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7月6日、(任侠探偵)第一回放送は視聴率23%を獲得。ドラマ部門で堂々の一位。上々の滑り出しを遂げたのだった。あちこちから、祝福のメールが寄せられた。ふと、その中に 初めて見るアドレスに気づいた。kappou-maemura-nakazaki@******カッポウマエムラナカザキ。。。?あ、割烹前村。。 ※

「いやあお招き頂き、ありがとうございます」 「こちらこそ、感激ですわ。大作家さまに来て頂いて」 「そんなぁ、大作家だなんて。。。ヒロシさんは?」 「えぇ先ほど」 ヒロシは携帯の真っ最中だった。目が合いお互いに「どうも」と手を上げる。 「よかったぁ、この部屋空いていて」女将。。。森野夫人が女学生のような声を出した。 「何ですの」 「ここ覚えてません?」 「え、ここですか」グルリと見渡すと中庭が見えた。 「あ、ヒロシさんに連れられ初めて来たときの。。。」 「はい。ピンポン!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 女将も混じえ、しばし祝福の宴に盛り上がっていた。またヒロシの携帯が鳴った。 最初は無視をしていたが、ディスプレイに眼をやり「あ、失礼」と立ち上がった。 盗み聞きするわけで無かったが、大声ゆえ否が応でも耳に入る。 (でそいつ、付きまとってるてゆうんけ)(・・・・・・)(今どこな)(・・・・・・)(あ、近いやんけ、すぐ行っちゃる) 何やら緊急を要する内容だ。「すんません、ちょこっと席、外させてもらいますんで」「さ、さ、どうぞ」あたふたとヒロシは出て行った。 「大丈夫やろか」すると女将は くすッと笑い 「いつものアレですわ」と、こともなげに言った。 「え、何ですの」 「ま、すぐ分かりますわ」と余裕たっぷりな表情を向けた。 「で、寺島さん」 「あ、はい」 「今日はひとつお願いがありましたの」 「何でしょう」 「ミモザの連載、予定通り進めて頂けませんでしょうか」 「あ。。。。」 「先月、主人から聞いてしまいましたの。延期もしくは中止になるかもて」「。。。。。でも。。。。」せっかくの酔いが醒めそうだった。 「でも、なんです?」夫人の目は笑っている。 「もし連載を始めるとしたら。。。その。。。。」言葉に詰まってしまった。 すると「私の、あのコトなんでしょう?」いたずらっ子の目を向けた。 「あ、いえ、そういうわけじゃ。。。」 「あはは、寺島さんも、正直やからすぐ、分かりますわ」 「そういうわけでは無いので。。。。」 すると夫人はビールを差し出し「私、全然平気ですの。森野に少しこだわりが残ってるようですけど」 「でも」 「あれは事件と云うより事故。そう決めてましたの。。。ですからむしろ。。。」しばしの沈黙のあと、「むしろ積極的に書いて頂きたい。そう思ってますの」 「それは無いでしょう」 「だって、私。こうして生きてますわ。振り返って、こんなに幸せなのも、あの事件。。。いや事故があったからこそ。そう確信してますもの。」「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「寺島さん」 「は、はい」 「ですから、同じような目に合われ、ずっと哀しみを引きずってる・・・・そういう女性たちの希望になりたいんです。。。。あ、これて傲慢かしら」 「とんでもない 傲慢だなんて」 その時 廊下から騒がしい声が聞こえた。 「無事にお戻りのようですわ。ヒロシさんと鈴木圭子さん」 「はあ!? 鈴木圭子さんて、あの?」 「えぇ、ここんところ。すっかり」女将は笑いながら中庭を振り返った。

つられて振り返ると、秋には見事に色づく紅葉も、その葉は青々と繁っていた。

 

長い間 ありがとうございました。ようやく 最終回を迎えることができました。これもひとえに皆様の温かい応援があったればこそで。 てか。じゃあまた もし某(それがし)に 気力が残ってるならば またお会いいたしましょう。

※ 今さら言うまでもありませんが、当記事は フィクションです。 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。あと、ついでに言わせてもらうならば、これは 「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。(-_-;)