小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線1

お手伝い致します あなたの想い出探し。 例えば・・・・初恋の人に 逢ってみたいと思いませんか。 忙しいあなたに代わって、想い出探しの   お手伝い。。。   秘密厳守 プチ探偵事務所 大田区南雪谷1ー※※ー※ TEL03 ※※※※ー※※※※

 

 

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都会の乾いた空気の、そのくせ、埃りっぽい風で揺れるビル群を抜け、

しばらく走った列車は、都心では珍しい大きな池が、すぐそばまで迫る駅に。

数人の乗客を降ろし、やがて列車は静かに走り出した。

この時期、見事な桜のトンネルが乗客の眼を愉しませてくれる筈・・・

 

 

港区の芝で、小さな出版社を一人で切り盛りする佐伯勇次は、座席から立ち上がり、桜トンネルを眺めたい衝動に駆られた。

が、まぁ、帰りでもよいかと思い直し、ふたたび眼を閉じた。

 

それより。。。

それよりも、本当にウチでよいのだろうか。。。

立ち上げたばかりのちっぽけな出版社で。。。

 

女流作家とやりとりした昨夜の電話を、頭の中で繰り返してみた。

それは、晴天の霹靂とも言うべく思いがけない電話だった。

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「佐伯さん、お元気?」

「あのう。。。どちら様で」

「んなあ、他人行儀な。。ニ・シ・ザ・キ。。。」

「え、西崎先生。。これはこれは、ご無沙汰。。申し訳ないです」

「本当に。。で、先生だなんて、ただの西崎で。。。」

「何をおっしゃいます、大作家先生。。。で、ウチんとこに何用ですの」

「それそれ。。。いきなりだけど明日来れる?」

「。。。。はあ?」

「はあ?は、ないでしょ、次の原稿のことで相談があるの」

「原稿と言いますと。。。?」

 

西崎とも代・・・8年ほど前、広告代理店勤務の傍ら、応募した小説が、いきなり芥川賞受賞。

以後、女流作家としてヒット作品を連発。作品のいくつかはテレビドラマや映画化もされ、今や先生と言う称号にふさわしい地位を築きあげていたのだ。

独立する前、文芸新春編集部員として、西崎とも代を担当し、それなりに縁があったのも事実なのだが、

今や売れっ子小説家と、片や、吹けば飛ぶような弱小出版社との関係。

佐伯にとって、西崎作品の出版など、遠い夢の話だったのだ。。。

 

「ユキガヤ、オオツカァー。ユキガヤ、オオツカァ~」

 

車掌アナウンスが降車の駅を告げた。

 

 

 

つづく

 

 

言うまでもなく

 

当作品はフィクションです。。。。(-_-;)