小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線2

西崎とも代の自宅兼仕事場は、雪が谷大塚駅の改札を出て東方向。駅前は賑やかな商業ビルが立ち並ぶも、 ひとつ通りを行けば、まずまずの静かな住宅街にあった。どの邸宅も植込みを充実させ、季節の花々を溢れんばかりに咲かせている。

そして、少し先には、教会の十字架が顔を覗かせ。。。。。 の筈だが、どうやら新しいマンションの陰に隠れてしまったのか、今では見えない。

けれど、どこか気分の落ち着くこの街並みが好きだと思った。 道行く者に、背を向けず、ま正面から顔を向けてくれる街。 ふとそんな気がした。 風景は少し変われど、この街並みが持たらす空気感は、昔のまんまだと思った。

西崎担当として、毎日のように通い詰めた新春時代が懐かしい。。。

佐伯社長さまですね。お待ち申し上げておりました。どうぞこちらへ。

ん? 学生? 初々しさを絵に書いたような子が案内してくれた。

程なくして、パタパタとスリッパの音が聞こえたかと思うと

西崎とも代が 「よくぞ、いらっしゃーい、ごぶさたぁ」 くだけた、明るい声が入ってきた。 「あ、どうも」

あわててソファーから立ち上がる。 ん?。珍しい。。。執筆途中だったのか、よれよれのジャージ姿にスッピン顔。 じろじろ見ていると ソファーを勧めながら「ごめん。こんな格好で」とジャージの袖を引っ張った。

「あ、いえ別に。仕事途中?」 「ええまあ、夕方締め切りのエッセー。すっかり忘れちゃってて、あせったのなんのって」 「え、大丈夫?」 「あ、ぜーんぜん。ちゃっちゃと、済ませちゃったから。今はメールで即。便利な時代になったものだわさ」

「なるほど」

「しかしまあ・・・少しひどいんじゃありません?」

「は?」

「いったい何年ぶり?こちらからお呼びするまで、連絡も下さろうとしないんですもの」 もちろん、眼は笑っている。

「あ、いやとんでもない。ウチんとこの様な弱小出版社・・・」

「佐伯さん」西崎は言葉をさえぎり、 「今の私があるのは、佐伯さん。。。いや佐伯社長があってこそと、感謝の気持ち ずーっと持ち続けてますの」

「え。。。それほどの者では。。。」

ノックと同時に 「失礼します」先ほどの子が珈琲カップをトレイに乗せ入ってきた。

カチャカチャと音を立て、慣れない手つきで小皿とカップをセットしていたが、 ようやくセットを終え、まず西崎の前に置こうとした。 「お客様が先でしょ」すかさず西崎の叱咤が飛ぶ。 「あ、すみません。失礼しました。。」

客に出すのは初めてなのだろう。真っ赤に頬を染めながら部屋をあとにした。

「新人?」

「いえ娘ですの」 西崎はひと口珈琲をすすり、事もなげに言った。

「え、まさか。。。」

西崎とも代は、40代前半。。。別におかしくはないが。。。しかし。。。

すると 「あは冗談、冗談に決まってるやん、まだれっきとした独りよ」 「あ、でしょうね。。。」

その後しばらくは、お互いの近況報告や、昔ばなしに、盛り上がっていたが

突然 「でさあ、きょう相談したいって言ってた奴なんだけど。。。」

西崎はジャージのポケットから携帯を取り出した。 「最近小さい文字が見にくくて。。。」つぶやきながら番号をプッシュし

「あのさぁ、例のチラシ持って来てくれる?。。。。そうそう、それそれ探偵社の。。 ええ、今すぐ。」

携帯のフリップを閉じると同時だった。

「失礼します」 言いながら、先ほどの子がチラシを手に入ってきた。

つづく。