文芸新春社、三好が口にした「やっぱモリシマミドリ。。。」
の言葉に、思わず 「もしや西崎事務所の新人?」と口に出た。 三好は 「え。部長、ご存じなのですか」と訊いてきた。 「ま、まあ。。。立ち話も何だから。。」 部屋に入るよう勧めたが、三好は時計を見ながら 「部長。。いや社長すんません、やっぱ時間が・・・あ、そうだ続きはこれで」 とスマートフォンを取り出し、 「メールとかで」 「あ、なるほど、じゃあくれぐれも寺島さんに宜しく」 「了解です」
三好は寺島の待つ大阪へと、そそくさと出てしまった。
寺島康之。。。 人の運命など、どこでどう転ぶかわからないと思う。 こうして文芸新春社を辞め、独立したのも、コトの発端は彼にある。 数年前、寺島が持ち込んだ原稿に、社は騒然となった。 日本を狙った世界的テロ組織の存在と、テロに立ち向かった奇跡の英雄たち。 完全な虚構の世界だと思えた原稿だが、紛れもない真実だと言う。 大スクープとして、出版に漕ぎ着けたい編集部員達と、 阻止に動いた上層部との軋轢劇。
最終的には新春社社長の判断で、政府にお伺いをたて。。。 連日のように政府官邸に呼び出され、通い詰めたのも苦い思い出だ。
挙句の果ての、たんなる虚構の、フィクション小説。
しかも当時、無名作家の小説など、話題にすら登らず、店頭からすぐに消えた。
本来なら彼とはそれっきり、縁が切れてしまう筈だった。
だが。。。。 その、いわく付きの本が縁となって、あらゆるドラマに発展し。。。
今や寺島と三好とのゴールデンコンビは、ヒット作品を連発。 新春社になくてはならない存在にまで発展。見事な成長を遂げたのだった。
いやはや、つくづく人生などわからないものだと思う。
なんといってもこの私。。。 独立への背中を押してくれたのも、寺島康之という存在だ。
新春社に居続ければ、安泰とした今後の人生は保証されたも
同然だった。だが、
新春社はあまりにも巨大化すぎた。 巨大な組織がゆえの不自由。 出版社としての原則を忘れた巨人。 出版社としての理想を忘れた巨人に、もう未練はない。
政府官邸の顔色を伺った時点で、退職の二文字がよぎっていたのだ。
※ 西崎とも代との約束。 三日後なんて、あっという間だった。
千足池駅のアナウンスが聞こえると同時に、ドア側に立った。 下車のフリをし、見事なまでの桜を眺めようと思ったのだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「桜も、みごとですけど勝海舟のお墓があるんです」 「へー、一度いってみたいな」 学生時代、千足池近くに住んでいた彼女の面影と会話が蘇る。
だが結局、一度も訪れることもなく、一方的に別れた。 一方的に近づき、一方的に別れ。。。 男の身勝手としか言いようのない恋ごっこ。
果たしてその後の彼女は。。。 本当に探り当てられると言うのだろうか? けれど、探り当てられるとして、どのツラ下げて彼女に会えば良いのだろう。
どのツラ下げれば、許してくれると言うのだろう。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。