小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線21

『たまちぃ、たまち。』

少し間延びの、車掌の声を聞きながら、いつもの反対側、西口に向かおうと決めた。

当時、Mと共同暮らしの学生寮は山手線、田町駅の東側。

tamachi

運河、埠頭がすぐ迫る倉庫街へと向かう場所にあり、

レコード店はおろか、当時コンビニの一軒もなく、暮らすには少々不便。

実に殺風景な街だった。

西口を出るとすぐに、センタービル。遅くまで営業しているレコード店がある。

「池上線、これですね」

店員から差し出されたレコード。確かに(池上線)の曲名がある。

だが、高野さんが言っていた女性歌手じゃなく、高山厳と云う男性歌手だった。

「あ、いえ。違うと思いますが。。。」

「いえ、池上線ならこれだと思うのですが」

「発売は10年ほど前、女性の歌手だと。。。」

「え、10年前・・・・」

ニキビ顔のあどけなさの残る若い店員は、繁々とレコードを見ながら

「これ1984年。。。違いますね」と言った。

「あ、歌手の名前は?そっつから探してみんまっせ」

!?

「それが。。。。」

歌手名は聞いてなかった。

(そうだ明日、高野さんに確かめてみよう)

これでまた図書館で話せる・・・・

口実が出来たことに、すっかり満足し店を出たのだった。

それにしても。。。。

(そっつから探してみんまっせ・・・・)

東北弁?

ニキビツラの赤いほっぺ、必死で探してくれた若い店員にも

印象に残る夜だった。

(そっつから探してみんまっせ)

ん。なんか良いんでねえか。

女性。。。。

決して怖くなんかあるものか。あってたまるか。

うん。

何かしら、胸の奥からしみじみと、温かいものが

湧き出るのを感じていた。

それは遠い昔の、実に幸せだった頃の記憶。

怖いものなど、何も無かった頃。

人生て、まんざらじゃ無いのかも。

うん。そうに違いない。

夜空に向かって

女性なんか怖くないぞー。

心の中で叫んだ。

女性など、怖くないぞー。 気づけば何度も繰り返していた。

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。

 

つづく