風景写真のカレンダー。もちろん珍しくも何ともなく、 むしろ写真のないカレンダーを探す方が苦労するだろう。
だが、代々木公園の写真となれば話はべつだ。
あるようで、無かった代々木公園のカレンダー。
社長はまだ戻って来そうにもない。おもむろに起ち上り、近寄ってみた。
まちがいなく、代々木・・・・
ん?と、次々にめくってみた。
次の9、10月には初秋
11、12月には晩秋から冬へ
紛れもなく、見事な代々木公園。
その季節の移ろいを捉えた写真だった。
あの時
あの場所
あの風
あの雨
ふたりで寝転がった芝生
ふたりで踏みしめた落ち葉
高野さんの肩、腕、笑顔、泣き顔。。。。
ああ、すべてが愛おしい・・・・
すべてが、なつかしい。
しかし何でまた・・・・
写真の下、ごまツブほどの文字がある。よく見ると、絞りとかシャッタースピードとかの写真データ数字だった。
軽いノックにつづき「おまたせ」社長が戻ってきた。
「ん、おやおや納期の確認ですかな?」
カレンダーに手をかけ、うな垂れたままの私を見て社長が笑った。
「あ、いえ。見事な写真に見とれてました」
恥ずかしさをゴマかすため、とっさに出たが、真実の言葉だ。
「ほー。例えば?」
「まず、代々木公園をモチーフに選んだところ。知名度がありすぎ、
それが災いしてか、プライドの高い写真家はモチーフにしたがらないんですよね。写真展とか好きで
よく出かけましたが、過去一度もありませんでした。それに。。。」
「うん、それに?」
社長は身を乗り出した。
「こう芸術性豊かに代々木を捉えてくれた写真、初めて見ました。この公園が持つ本当の良さを余すところなく、伝えてくれている」
眼を閉じれば
濃厚な葉っぱの風、芝生絨毯の薫り、枯れ葉の音。。。
あざやかに、蘇るにちがいない・・・。
すると
「いやぁ、お恥ずかしい・・・」
「はあ!?」
「撮影に、3年かかりました。春、夏、秋、冬。四季を捉えるの、1年じゃ無理なんですね」
「なるほど」
「佐伯さんも写真を?」
「いえ私は陶芸。。。けど、陶芸部の横が写真部だったんです。
今思い出せば、なぜか写真部の部屋に居た方が長かったです」
「それはそれは」
そのあとしばらくは写真談義に花が咲いていたが、急に社長は立ち上がった。
内線電話を呼び出すや
「あ坂井君、さっきのは取り消し。佐伯社長んとこ優先。。。
うんそう、風の系譜社さん。いい?必ずだよ」
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。