小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線23

風景写真のカレンダー。もちろん珍しくも何ともなく、 むしろ写真のないカレンダーを探す方が苦労するだろう。

だが、代々木公園の写真となれば話はべつだ。

あるようで、無かった代々木公園のカレンダー。

社長はまだ戻って来そうにもない。おもむろに起ち上り、近寄ってみた。

まちがいなく、代々木・・・・

ん?と、次々にめくってみた。

次の9、10月には初秋

11、12月には晩秋から冬へ

紛れもなく、見事な代々木公園。

その季節の移ろいを捉えた写真だった。

秋の代々木

あの時

あの場所

あの風

あの雨

ふたりで寝転がった芝生

ふたりで踏みしめた落ち葉

高野さんの肩、腕、笑顔、泣き顔。。。。

ああ、すべてが愛おしい・・・・

すべてが、なつかしい。

しかし何でまた・・・・

写真の下、ごまツブほどの文字がある。よく見ると、絞りとかシャッタースピードとかの写真データ数字だった。

軽いノックにつづき「おまたせ」社長が戻ってきた。

「ん、おやおや納期の確認ですかな?」

カレンダーに手をかけ、うな垂れたままの私を見て社長が笑った。

「あ、いえ。見事な写真に見とれてました」

恥ずかしさをゴマかすため、とっさに出たが、真実の言葉だ。

「ほー。例えば?」

「まず、代々木公園をモチーフに選んだところ。知名度がありすぎ、

それが災いしてか、プライドの高い写真家はモチーフにしたがらないんですよね。写真展とか好きで

よく出かけましたが、過去一度もありませんでした。それに。。。」

「うん、それに?」

社長は身を乗り出した。

「こう芸術性豊かに代々木を捉えてくれた写真、初めて見ました。この公園が持つ本当の良さを余すところなく、伝えてくれている」

眼を閉じれば

濃厚な葉っぱの風、芝生絨毯の薫り、枯れ葉の音。。。

あざやかに、蘇るにちがいない・・・。

すると

「いやぁ、お恥ずかしい・・・」

「はあ!?」

「撮影に、3年かかりました。春、夏、秋、冬。四季を捉えるの、1年じゃ無理なんですね」

「なるほど」

「佐伯さんも写真を?」

「いえ私は陶芸。。。けど、陶芸部の横が写真部だったんです。

今思い出せば、なぜか写真部の部屋に居た方が長かったです」

「それはそれは」

そのあとしばらくは写真談義に花が咲いていたが、急に社長は立ち上がった。

内線電話を呼び出すや

「あ坂井君、さっきのは取り消し。佐伯社長んとこ優先。。。

うんそう、風の系譜社さん。いい?必ずだよ」

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。