小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線26

その日は、そこいらの女優にも引けを取らない完璧メークだった。

なぜかその顔が、より寂しく、哀しげにも感じられた。

「佐伯くん」

「は、はい」

「私、キミより一回りも歳上。結婚5年目なの」

「は、はあ!?」

―――――――――――――――――――――――――――――――

残暑の厳しい陽をさえぎる樹々の葉っぱが心地いい影を作り

公園すべての緑を運ぶ風が、ときおり吹き抜けた。

山手線 車窓からいつも見ていただけの明治神宮や代々木の杜は

やはり、この上なく素敵だった。

都会のど真ん中とは思えない、静寂の薫りは最高だった。

「私、キミより一回りも歳上。結婚5年目なの」

「は、はあ!?」

高野さんが発した、その言葉が持つ意味をさいしょ理解できなかった。

さんまのドラマの話の続き?

池上線の詞の話題?それとも・・・・

あ、悪い冗談か。

「またぁ。悪い冗談など。今日の高野さん、なんか変ですよ」

「冗談なら・・・・・」

そう言って黙り込み

「この私も嬉しいてなるんだろなぁ。きっと・・・」

そう言うや、高野さんは観察するかのごとく僕の顔を覗き込んだ。

代々木の空は悲しいほどの青色が広がっていた。

遠く芝生の広場では小さな子供連れの家族が寝ころび

噴水のある場所では、なんと水遊びの幼児らの歓声が聞こえた。

高野さんの、ふわり化粧の香りが漂った。

いつもの素顔、少しそばかす混じりの顔だと、女学生の雰囲気があり

すっかり同年輩と決めつけていたのだが、

それは単なる思い込みだというのか。

まじまじと化粧顔の高野さんを見つめ返した。

化粧の顔は、やはり高野さんには似合わない。

というか、歳上を感じさせるには充分な、なぜか悲しさと、哀れさがこみ上げた。

いつもの素顔が、高野さんには似合う。

ひと回り。。。。てコトは 32歳!?

だから だからそれが、何だって云うのか。

すると「そんなに見ないで」

照れたようにうつむき加減に顔を隠し、細い肩を震わせた。

その仕草が、なぜか胸を打った。

やはり好きだ。可愛いひと・・・・・

だが、

結婚5年目なの・・・・・・

このひと言が、強烈にしかも深い悲しみが襲い絶望の淵へと閉じ込めた。

どう話を繋げば良いのか迷い、ふたりとも黙ったままの時間が流れた。

しばらくして高野さんは

さっと、僕の腕を掴んだ。 あ。え!

「だからさ、私。そういうことなの。」

「そういうことて、どういうことな」

やや乱暴な言い方で返した。

高野さんは意を決したかの表情で きっと僕を見つめ

「ごめん、そう云うことでキミとは深いお付き合いできないの、

あ、でも図書館ではいつも通り。お願いね」

と言った。

とっさに 僕の腕を掴む手を、強く握り返し、もう片方の手で高野さんを抱き寄せた。

高野さんは小さく「あ」と叫んだ。

かまうものかと、抱き寄せた腕に力を込め、

「好きです」

とだけ言った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

パソコンのモニターに向かって、そこまでの回想を打ち込んでる時、

西崎からの携帯が鳴った。

「へー大学んとき、陶芸部やったん?。初めて知ったわ」

相変わらず唐突だ。

ち。と舌打ちながら

「前に言わなかったっけ」

「ぜ~んぜん。あ、それよりミドリ、そっちに向かわせたから」

「は!?」

「彼女の消息らしきもの、なにか確認したいことがあるそうなの」

「え、なぜ彼女が」

森島碧・・・・なぜか胸がきゅんとなった。

(ナニ考えてんだ俺)

「馬渕事務所からの電話、あなたの携帯に通じないらしいけど、まさか拒否してない?」

「あ!」

0120ではじまる番号拒否をしたままだったのを、

その時、ようやく気付いたのだった。

つづく

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。