小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線27

「ぜ~んぜん。あ、それよりミドリ、そっちに向かわせたから」

「は!?」

「彼女の消息らしきもの、なにか確認したいことがあるそうなの」

「え、なぜ彼女が」

「馬渕事務所からの電話、あなたの携帯に通じないらしいけど、まさか拒否してない?」

「あ!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 慌てて壁時計に目をやると、2時の針は回っていた。

1時半すぎに西崎事務所を出たというから、ふつうなら2時半すぎには着く。

ち、もっと早よ言え。と毒づく。

ふと散乱したままの応接テーブルが目に入る。

あちゃー。よりによってこんな時。

うわ、ジャージのまま・・・・

ま、これは良いか。西崎事務所を訪ねたとき

よれよれのジャージ姿で西崎が現れたのを思い出す。

あ。コーヒ豆、切れかかっていたのでは?。

いや若い森島には冷たいのが良い?

あ、ウーロン茶も空だったのでは・・・・

慌てて冷蔵庫を開けると、飲みかけのミネラルウォーターだけがぽつんと寂しく。

仕方ない。表通り、国道沿いの自販機。

ん!?こ、小銭は?

あ。そ、それより何より、

黒の、さ、財布。。。。いったい、どこいったぁ~~!?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

エレベーターに乗り込みながら、妙にうろたえてる自分が可笑しかった。

何を慌ててる。俺。

森島碧・・・・

彼女ともおおよそ2週間ぶりの再会。心のどこかに、彼女のことが常にあった。

なぜにまた?

春爛漫の洗足池公園。満開の下で共に弁当を広げたこと。

とつぜん彼女が泣きだしたことも要因のひとつだろう。

だが、それより何より、あの文学的才能。

強烈な過去が下敷きとは云え、あの才能は只者ではない。

おそらく西崎とも代、いや森島碧。本人すら気づいていないのでは。

しかしなぜこうも、胸が騒ぐ・・・・・・・・。

                ※

「あの時はとつぜん申し訳ございませんでした」

きっちり2時半にやって着た森島は2週間前の詫びから口を開いた。

だが、

「あ、いやいや全然気になど・・・・・

言いかけを遮るや

「うわー先生の言ってた通りです。す、すごいです」

「は?」

「東京タワーが真正面!」

「あぁタワー。。。。」

お邪魔します。と入るなり

「少し良いですか」

と元気よく、窓側に立った。

やはり。。。森島もただの現代っ子

遠慮とかの意識はあんまり薄いのかも。ま、仕方ないね。

ややがっかりしながら横に立った。

森島はしばらくバッグをゴソゴソさせ、単行本を取り出したかと思うと

さらに間に挟んでいた写真を取り出した。

おもむろに窓側に向けるや

「婆っちゃん、東京タワー。見える?」と静かに呟いた。

そういうことか・・・・。

彼女はしばらく、祈りにも似たその姿勢のままいたが

ようやく「どうもすみませんでした」と顔を上げた。

「婆っちゃんの憧れだったんです。東京タワー。。。けれど、とうとう一度も見ないうち。。。」

と、ハンカチで涙を拭いながら言った。

「え、えぇ。。。」

唯一 庇ってくれたあの祖母ですね。思わず言いかけ、慌てて飲み込んだ。

ふと彼女が小脇に挟んでいた単行本に目が行った。

「あ、ミモザの祈り。。。。」

mimoza

文芸新春、退職まぎわ、最後の編集に関わった記念すべき本。

帯のキャッチコピーで著者の寺島氏と言い合いになったが、

最終的には私の案が採用になったのだ。

そうかようやく出版なのか。

しげしげと見ていると

「これ、帯のコピーに吊られて買っちゃいました」

「え?」

「【じゃが、順調なときほど、どえらい事が起こる】これて、逆も真なりですよね」

「ほーう。例えば?」

「どえらい時を過ぎたなら、やがては幸福が。。。て」

きっぱり言うや、涙で 光った瞳で私を見つめた。

あ。この瞳。

どぎまぎしながらも、私は高野しおりの面影をそっと重ねていた。

 

つづく

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。