小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線33

高野さんからのハガキを眺めていた時、

「店、探すの苦労したわー」

二人とも両手にレジ袋を下げ西崎と森島が戻ってきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ、どうも。一瞬うろたえたものの、ま、良いかと、ハガキはそのままにした。

「いやー歩いた歩いた」

ちょっと台所を使わせてもらうね。と言いながら二人は買って来たものをシンクの上に並べ始めた。

「え、えぇどうぞ・・・・」

けど、いったい何ごと?

いったい何が始まるのやらと、

起ち上がってみれば、なんと殺風景なはずの、我が台所は

ワインやら洋酒にビール。ピザやらサバの缶詰、焼き鳥にギョウザ

などなど満載に彩られていた。

「なんとまぁ。。。あ、グラスが。。皿とかも」全然足らない筈。。。。

すると

「ほら先生、言った通りですね」と森島が箱を取り出した。

なんと、食材類だけでなく、グラスや皿にキャンドル。。

おまけに、袋入りの氷、ミネラルウォーターなども準備万端。

見る見るうちに、至れり尽くせり的な光景が広がったのだった。

          ※

数時間前までの殺風景な仕事場は

キャンドル灯りの、何とも幻想的な部屋へと変身。

    キャンドル

オレンジに輝く東京タワーを眺めながらの酒と馳走。。。

   

おまけに美女・・・(西崎には疑問符がつくが)ふたりに囲まれ、

とつぜん訪れた夜会に、最初ためらいがあったものの、

堪能気分を味わっていた。

それは、”癒し”にも似、長年すっかり忘れていた感覚で、

心の底に溜りきった澱(おり)を溶かせるような

何ともまぁ心地いいものだった。

またそれは、先ほど馬渕からの報告書で受けたショックなど

すっかり吹き飛ばすほどのものだった。

「本当にありがとうございます」

深々と頭を下げると

「なにゆうてるん。こっちこそ。。。。佐伯さん。。本当にごめん」

なぜか西崎も頭を下げた。

「は?」

「後悔してるの」

「え?。。。」

「貴方の初恋捜し。。。。」

「あ、いや全然。。。」

報告書に、軽いショックを受けたものの、まだ決まったわけじゃない。

「まだ不幸て決まったわけじゃない。それにたんなる中間報告ですから」

「けど。。。。」

「けど?」

「転々とした住所、挙句に今は実家。それだけで何やら物語ってる気がするの」

確かに。。。。

「いや、やはりそれだけじゃ決まったとは言えないと思う、何かワケがあったと」

自分に言い聞かせるように言うやグイっとグラスを空けた。

すかさず 森島がワインのボトルを差し出し傾ける。

「あどうも」

「その理由(ワケ)ってやつが問題なんだわさ。

ミドリ、私にも頂戴」とグラスを差し出し

「あーやっぱ。いやや、こんなの。本当にごめん」

西崎のそれは、鳴き声にも聞こえる喋り方だった。

「え、どうしたの」

「そもそもが間違い、ひと様の心に踏み込むべきじゃなかった。ごめん」

ん?

西崎にしては珍しい。

「それも、貴女の仕事ですから。仕方がない。それに。。。」

まだまだ確かめるべきが多すぎなのを思い出した。

ハガキを取り出し

「これ見て欲しいんだけど」と西崎に渡した。

「えぇん?」

「勿論」

酔いもあったのだろう、また西崎の泣き言に、何もかも洗いざらい喋ると決めていた。

西崎はメガネをかけるや読み始めた。

「へーどれどれ。。。。

『急に押しかけたOB展。本当にありがとうございました。またこの茶碗、大切にさせていただきます』茶碗の礼状やね。。。OB展。あ、陶芸部」

ハガキを裏返したり、確認していたが

「これが何か?」

「消印は1990年てあるでしょう」

「えぇまぁ。それが?」

「馬渕さんが言うには 旧姓に戻ったのは1989年らしい。

でもハガキには高野のまま」

「変といえば変。けど、ありうる話やね」

「え?」

「急に押しかけたとあるけど、展示会の案内は出してたん?」

「いや全然。まったくの予想外でそらぁビックリで」

「やはりね。。。。」

そのあと、西崎はさすがと思わせる推理を展開し始めた。

旧姓すなわち離婚あるいは死別後独身に戻った彼女、何らかの偶然で

展示会を知り、居ても立っても居られず押しかけての再会。

だが、やはり心配をかけまいと、高野姓のままで押し通し。。。て奴だね。

すると

「たんなる偶然じゃないと思います」

森島がポツリと言った。

「え」一同振り向く。

「ずーっと思い続け。。。常に行動とかマークしてたのじゃないでしょうか」

          つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。

従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一

同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。