小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線35

「ミドリ。何が素敵なもんか。男てやっぱ鈍感やわ、よー見ときなさい」と言った。

すると森島までもが

「そうですね先生」と言った。

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「ちょっとえぇか、佐伯ぃッ」

酔いがすっかり回った顔つきで、西崎が絡んできた。

 

「は、はいっ」

 

「か、彼女。。。た、高野さんの気持ち、当時もやけど、今でも真剣に考えたことないでしょ」

!!

それを訊かれると、辛いものが。。。

たしかにある。

 

胸にグッと突き刺さるものがあった。

あの、OB展での再会。。。

それはまったくの驚きな再会。

「通りがかりに看板を見、もしやと思って入って見たの。。。」

 

高野さんの言葉を信じ切っていたが、もし・・・

もしも森島が言うようにこちら側の動静をチェックしていたとするならば。。。

まさかそんな。。。

 

あ、やはり。言われれば。。。たしかに。。

銀座とは言え、裏通りの少し寂しい場所にあった小さな画廊。

 

よくよく考えれば、偶然な通りすがりなんて有り得ない!

うわ、何てこと。。。

こちら側の動静を見ていた?。。。

何ゆえ?

1990年。彼女が旧姓、つまり独身に戻った一年後に。。

 

ちょ。ちょおっ、ナニ黙ってん、佐伯ぃ。なんか言えっ。佐伯ぃ

 

返答に困るというより、酔いの思考回路がぐるぐる回り出した。

「あらっその方は?」

ぴったり寄り添う女房を見ての言葉に

「う、うんまぁOB会の事務係てことかな」

 

照れがあって、事務係で誤魔化したけど、でれでれとした表情。

すっかりの仲と見抜かれたに違いない。

「それはそれはご苦労様、佐伯くんのコトお願いね」

女房への挨拶、その時の寂しげな表情。。。

それ以後、パタリと途絶え。。。。

 

つまり

そう言うこと。

 

彼女の気持ち。。。というよりも、常に自分のことが精一杯で、

この自分自身こそが中心な行動だった。

それは当時も、現在進行形の今もちがいない。。。

 

なんて奴

なんて嫌な

馬鹿野郎。

 

「さっき云ったこと取り消しぃッ。鈍感て言うより、身勝手、身勝手。

な、ミドリ。あんたも、よー見ときぃ」

 

ワインボトルはすでに空になっていた。

滅多に口にしないバーボンだけが残っていた。

ガっと掴むや、ワイングラスにコポコポと音をたて注ぐ。

ストレートのまま クイッと流し込む。喉が焼ける。

 

その通り!

気づけば西崎に負けじと、声を荒げていた。

 

「ニシザキ大先生さまッ。今ごろわかったんか。」

「何ぃ!佐伯ぃ」

「身勝手一筋で、ここまで来たった。文句あっか」

泣きたくなる気持ちをグっとこらえての大声だった。

「とうとう正体を現したね。コラくそ。ミドリっ私にもバーボン」

「せ、先生っ」

ふっと見れば、森島独り、オロオロとしている。

「か、可哀想にミドリちゃん泣きそうやないか」

「あんたに関係ないでしょ、佐伯ぃ」

「そのあんた呼ばわりするの、やめてクレル?」

「あんたがダメなら、おんどれッ。これでえぇか佐伯ぃ。あはは」

「何ぃ。このくそ女」

「黙れ。おんどれ社長ッ」

 

「お、お二人とも、やめてくださいッ」

 

突然、森島の絶叫が響く。

 

「あ、あのねミドリっ。。。」

西崎が振り向いた時には、森島は両手で顔を覆い、声をあげ泣き始めていた。

洗足池での場面がよみがえり、はッと我に戻る。

 

「う、うわぁ。ご、ごめんミドリぃ」

西崎は、慌てふためいて森島を抱きかかえた。

 

「こんなのイヤですっ先生」

西崎が必死に森島をなだめたが、激しくかぶりを振るだけだった。

 

「み、ミドリっ」

 

「すべてが哀しいですっ」

 

「な、なにが哀しいの」

 

「すべてです。高野さんも、佐伯社長も。。。」

そう言ったきり森島は泣き崩れた。

 

「ほ、ほれっ、佐伯社長ッ。お願い。あ、あんたからも。。。」

「う、うん。。。」

 

 

 

 

 

つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。

従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一

同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。