小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線39

けっきょくの処、マブチ を名乗る男から電話が入ったのは、

バイト学生たちを帰したすぐの後だった。

あまりのタイミングに、まさか見張られてる?

一瞬ドキリとしたものの、マブチの声に不安も一瞬で吹き飛ぶ。

少し低音ながらも、やたらに軽く、明るい。

まるで関西のお笑い芸人と錯覚するほどだ。

 

「いやあ突然すんません。さぞ驚きでしょう。も、申し訳ない」

「えぇまあ。で何でしょう」

「実は。。。電話ではアレなので、直にお逢いしたいんですが」

「はあ!?」

 

いきなり来た。と胸が震えた。

陽も傾きかけ、窯場の、ここ山裾一帯は、薄暗くなり始めている。

まったくの無人というのではないが、隣の民家まで少々遠い。

 

(じゃあ、僕らも窯入れ仕事ありますので)

(あらそう、頑張ってね。つぎ、またお願いするわね)

彼らをもう少し引き止めるべきだったか。。。

 

「あのぅ、いきなり仰られても。。。。」

だが、次の言葉がさらなる驚きをもたらした。

「申し遅れました、東京で探偵事務所をやらせてもらってます」

「はあ!?探偵?」

「えぇマブチ探偵事務所、マブチケンイチと申します」

 

マブチ事務所のマブチを名乗る、おそらく代表者なのだろう。

だが他人様からアレコレ捜査されるような心当たりなど無い。

 

「あのぅ、人違いじゃあ、ありません?そしてここ丹後半島の山奥、吉岡しおりと申します」

あ、しまった。居場所まで知らせるコトなかった。

 

「えぇ、もちろん確認しております。ご依頼主さまからの確認も」

マブチの言葉使いは、いつしか事務口調になっていた。

 

確認だなんて、なんて事務的な。

それより何より、なぜこうも一方的にコトが進む?

不安だった気持ちはどこかに消え、怒りにも似た気持ちさえ、こみ上げていた。

 

「そちらの勝手に付き合ってるヒマなぞ御座いません」

まさに電話を切ろうとした瞬間だった。

 

マブチの、あーと云う絶叫が聞こえ

 

「き、切らないで、さ、佐伯勇次さんご存知ですよね、

さ・え・き・ゆ・う・じッ」

電話を追いかけるかの如く、声が飛び込んだ。

 

一瞬にして30年が戻った気がした。

 

 

 

つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。