少し前の汗ばむ陽気から一転し、やけに冷え込む朝だった。
その分晴天は約束されたも同然。東京からやって来た馬渕との半島巡りには絶好びよりとも言えよう。
だが、夜中と、朝方に発生した熊本地震を伝えるニュースが心を重くしていた。
木曜夜の報道にも驚かされたが、それはたんなる余震で、今朝のが本震だと言う。
地震列島とも言われる日本列島。ここ丹後半島だけは除外なんてありえない。
まともに喰らえばどうなるのだろう。
まず直売コーナーの陳列棚や、ケースの商品など簡単に落下、粉々に。。。
は!山の窯場さえあれば、作品は生まれる。けれど窯場に、もしものこと在れば。。。
ふと、ぐるりと天井を見回し、あ!それよりなにより此処。
古い家屋を簡単な改築に済ましただけ。耐震基準など?マークがつく。
うわあ。。。
そんな、あれやこれや、最近ではめずらしい心配ごとが次から次へと脳裏をかすめる。
ま、その時はその時のこと。
もう、くよくよするまい。30年前に決めたじゃないの。
形あるもの、いつかは壊れるもの。
人のこころさえ・・・・・
思考回路がようやくそこに落ち着く頃、馬渕憲一がやって来た。
反射的に時計を見上げれば、約束のぴったり9時だった。
「どえらいコトなってますね熊本」
さすがの馬渕も入ってくるなり地震を口にし、表情が暗い。
だが、
じろりと見回すや
「うわぁ。お美しい。なんとか云う女優さんそっくりだ」と目を細めた。
「え。。。。」
「いやぁ和服姿、素敵です」
なんだ和服か。
「まさか土と泥だらけの作務衣で、ドライブのお供とでも?」
けど馬渕は、答えに無視するかの様に、周囲をぐるりと見回し、
「ここも凄い」
「は?」
「いやあ、窯場も素敵でしたけど、ココのご実家。古民家の風情が粋で、こりゃまた良いですな」
といつもの愛川欣也に戻る。
「粋だなんて、単に古いだけですわ」
「と、とんでもない。で、横が直売所?シャッターが降りてましたけど」
「えぇまぁ。直売所と言っても最近はネット販売の方で稼がせてもらってます」
「ほーう。ネット販売ですか。あ、宮前さんでしたっけ?飛び込んでくるなり噛み付かれたあの子が店長さんとか」
「あ、雪乃の失礼、どうかお許しください。なにせ事情もわからないままだったものですから」
飛び込んでくるなり雪乃は馬渕の胸ぐらを掴んだのだった。
「わーはは、あの状況を第三者が見れば、誰だって誤解しますよ。如何にも貴女を泣かせたってね。いやはや、それにしても若い子にしては頼もしい。で、今日は?」
「ご心配なく。この土日、連休と決めました。やって来ない筈ですわ。久しぶりに羽をのばしてるでしょう」
「それはそれは。じゃあここ。お独りで実家をお守りに?」
は。と気付く。たんなる世間話じゃなく、さりげなく探っているのだ。さすが探偵稼業。。
「ええ住民票でお調べでしょうけど、6年前、独り暮らしだった母が入院。その介護も兼ねて戻りましたの。結局その半年後には、見送りましたけど」
「あのぅ」
「はい?」
「ご仏壇はこちらに?」
「えぇまぁ」
「線香、上げさせてもらってもいいですか」
!?
「どうぞどうぞ。奥ですが」
馬渕は、廊下を渡りながらしきりと天井や周囲を見渡していたが
「元は機織り工場ですな」と振り返った。
「よくぞ分かります?」
「そりゃあもう。この天井の高さ、広い廊下。そして有名な丹後ちりめん。この私でもそれぐらい」
お参りのあと、馬渕は両親と先祖の遺影がずらりと並んだ鴨居を眺めていたが
「ご兄弟とかは?あ、業務上じゃなく、なんて云うか個人的に興味があるものですから・・・」
と訊いてきた。
個人的に興味。。。。
馬渕の妙な言い訳に思わず、くすっと笑いながら
「兄や弟ら、それぞれ大阪や京都市内で独立。ここ丹後は私だけですの」
「さぞ寂しいことでしょうな」
思いがけない言葉に ぐっと胸が詰まる。
「・・・・・・えぇまぁ。ずっと泣いて暮らしてました」
「それはそれは・・・
馬渕は慌ててハンカチを取り出すや目を抑えた。
「あ。ご心配なく。最初の半年だけですわ。泣いて暮らしていたのは」
「いやぁその半年に思いを寄せれば、これが泣けずにおられましょうか」
馬渕の仕草と、言葉にこみ上げるものがあった。
けれどこれは単なる業務上の術中なのだろうか。
それとも馬渕の”地の良さ”なのだろうか。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。