馬渕は目を細め、ジロジロ眺めてきた。
「は?」
「いやはや、和服も素敵でしたが、トレーナーに、ジーンズ姿。
こりゃまたお若い、素敵ですな」
と言った。
なにかこう、不意を突かれた気がし、またもや胸が鳴った。
ジロジロ眺める馬渕の表情には、意思などは感じられない。素直な吐露なのだろう。
え?まさか。。。そう思うとトキメキすら覚える。
あ、いやいや。。。
なに考えてんだ。私。。。
「あ、あのね。馬渕さん・・・・」
「あ。す、すみません。つい。。」
「つい、何ですの?」
「いやあ、余りにも。。。。。」
そう言ったあと、俯いたまま黙り込んだ馬渕を、からかってみたくなった。
「困りますわ。まさか私をナンパ?東京で奥様がお待ちでしょうに」
すると
「家内は5年前に他界いたしました」
と真顔で言った。
「え、あ。そ、それはまた・・・・ご愁傷さまで。。。」
こちらが慌てる番だった。
「そ、それで話はどこまでだったかしら。松浦印刷の。。。」
すると「はい、松浦社長と再開したところですな」
ごく事務的に淡々と告げた。
ん?何なんだこの変わりぶり。。。
けれど。
けれど、よくよく考えれば、あくまでも馬渕は業務上で来ているに過ぎない。。。
はるばる東京から、丹後半島の田舎へ。
「で、ですね」
「しかし何ですな。」
「はい?」
「松浦社長も我々と同じ歳。てコトは、若くして社長に?」
「いえ松浦は2代目ですの。バイトで出会った時、彼も大学を中退したばかりで。先代の父親が倒れられて。。。二人で先輩従業員らに同じように叱られっぱなし。叱られ仲間でしたの」
女子には、少しキツイ労働だったかもしれない。だがあの頃が無性に懐かしい。
「なるほど、よくある話ですな。家業のため。。。」
「えぇ、写真家になるのが本来の夢だったようです」
「で、キャバクラでの再会、さぞやビックリだったでしょうね」
「そりゃあもう。お互いに。あ!え?って」
「まさかお独りでの来店?」
「いえ、新日本凸版の重役らとお見えでしたの」
「ほーう。大会社印刷を接待に?」
「えぇ・・・・あ。でも逆ですの」
「逆と言いますと?」
「松浦が接待され、無理に連れてこられたようですの」
「何とまぁ」
「松浦は小さい規模ながら、精密美術印刷の技術では日本一の会社ですの、いや世界一かもですわ。それで新日本凸版さんが、是非とも下請けをって」
「何とまあ新日本の仕事を?」
「新日本さんだけじゃなく、たしか美術、写真関連では殆どの仕事をされている筈ですわ」
「で、再会。貴女も松浦へ是非にって誘われ?」
「ずっと、お断りしてましたの。キャバクラの仕事が面白くて」
「まさかご冗談を」
「とんでもない。本当ですわ」
それは本当だった。今でもふと、あれは天職だったかもと思えるほどだ。
人と人との出会いこそ素晴らしいものがあると思う。
良き出会いであれ、悪しき出会いであれ。
「で、結局は松浦に」
「えぇ、彼のひと言にグサリと刺されましたの」
「何ですの」
「『たった数年すれば君も40に手が届く。雇い続けてくれる筈もない。それより何よりこのままで終わる人生、君は本当に幸せか』って」
「うわあ。それ酷いですな」
「はッて気付かされましたの、現実に。そういう意味では、たしかに酷いですわね」
「あ、何か読めて来ました」
「はい?」
「でも最後に行き着くのは陶芸。。。」
「えぇまぁ」
「陶芸の美。陶芸に目覚めたのは陶芸関係の印刷ですな」
「ぷぷ。」
「え?」
「やはり馬渕さんて発想が貧困ですわね」
「違ってますか」
いかにも残念そうな表情を向けた。
「あ、でも3パーセントは当たりかしら」
「さ、3パーセントですか。たった」
「確かに陶芸関連の印刷もかなり手がけられてました。で無意識の内に目覚めてたかもですわ」
「じゃあ残り97%は?」
97%。。。。いや とりあえず87%てとこかな。
「松浦では慰安旅行の代わりに日帰りであちこちレジャーに出かけてましたの。そこで出会ったのが陶芸教室。。。」
「ほーう。いよいよ。。。ですか」
目の前の馬渕。。。
ではなく
佐伯勇次の声が聞こえた気がし、思わず振り返った。
だが窓の向こう、風になびく葉桜の姿だけが見えていた。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。