小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線47

馬渕は目を細め、ジロジロ眺めてきた。

「は?」

「いやはや、和服も素敵でしたが、トレーナーに、ジーンズ姿。

こりゃまたお若い、素敵ですな」

と言った。

 

なにかこう、不意を突かれた気がし、またもや胸が鳴った。

ジロジロ眺める馬渕の表情には、意思などは感じられない。素直な吐露なのだろう。

え?まさか。。。そう思うとトキメキすら覚える。

あ、いやいや。。。

なに考えてんだ。私。。。

 

「あ、あのね。馬渕さん・・・・」

「あ。す、すみません。つい。。」

「つい、何ですの?」

「いやあ、余りにも。。。。。」

そう言ったあと、俯いたまま黙り込んだ馬渕を、からかってみたくなった。

 

「困りますわ。まさか私をナンパ?東京で奥様がお待ちでしょうに」

すると

「家内は5年前に他界いたしました」

と真顔で言った。

 

「え、あ。そ、それはまた・・・・ご愁傷さまで。。。」

こちらが慌てる番だった。

「そ、それで話はどこまでだったかしら。松浦印刷の。。。」

 

すると「はい、松浦社長と再開したところですな」

ごく事務的に淡々と告げた。

 

ん?何なんだこの変わりぶり。。。

けれど。

けれど、よくよく考えれば、あくまでも馬渕は業務上で来ているに過ぎない。。。

はるばる東京から、丹後半島の田舎へ。

 

「で、ですね」

「しかし何ですな。」

「はい?」

「松浦社長も我々と同じ歳。てコトは、若くして社長に?」

「いえ松浦は2代目ですの。バイトで出会った時、彼も大学を中退したばかりで。先代の父親が倒れられて。。。二人で先輩従業員らに同じように叱られっぱなし。叱られ仲間でしたの」

女子には、少しキツイ労働だったかもしれない。だがあの頃が無性に懐かしい。

 

「なるほど、よくある話ですな。家業のため。。。」

「えぇ、写真家になるのが本来の夢だったようです」

「で、キャバクラでの再会、さぞやビックリだったでしょうね」

「そりゃあもう。お互いに。あ!え?って」

「まさかお独りでの来店?」

「いえ、新日本凸版の重役らとお見えでしたの」

「ほーう。大会社印刷を接待に?」

「えぇ・・・・あ。でも逆ですの」

「逆と言いますと?」

「松浦が接待され、無理に連れてこられたようですの」

「何とまぁ」

「松浦は小さい規模ながら、精密美術印刷の技術では日本一の会社ですの、いや世界一かもですわ。それで新日本凸版さんが、是非とも下請けをって」

「何とまあ新日本の仕事を?」

「新日本さんだけじゃなく、たしか美術、写真関連では殆どの仕事をされている筈ですわ」

 

「で、再会。貴女も松浦へ是非にって誘われ?」

「ずっと、お断りしてましたの。キャバクラの仕事が面白くて」

「まさかご冗談を」

「とんでもない。本当ですわ」

 

それは本当だった。今でもふと、あれは天職だったかもと思えるほどだ。

人と人との出会いこそ素晴らしいものがあると思う。

良き出会いであれ、悪しき出会いであれ。

 

「で、結局は松浦に」

「えぇ、彼のひと言にグサリと刺されましたの」

「何ですの」

「『たった数年すれば君も40に手が届く。雇い続けてくれる筈もない。それより何よりこのままで終わる人生、君は本当に幸せか』って」

 

「うわあ。それ酷いですな」

「はッて気付かされましたの、現実に。そういう意味では、たしかに酷いですわね」

 

「あ、何か読めて来ました」

「はい?」

 

「でも最後に行き着くのは陶芸。。。」

「えぇまぁ」

「陶芸の美。陶芸に目覚めたのは陶芸関係の印刷ですな」

 

「ぷぷ。」

「え?」

「やはり馬渕さんて発想が貧困ですわね」

「違ってますか」

いかにも残念そうな表情を向けた。

「あ、でも3パーセントは当たりかしら」

「さ、3パーセントですか。たった」

「確かに陶芸関連の印刷もかなり手がけられてました。で無意識の内に目覚めてたかもですわ」

「じゃあ残り97%は?」

 

97%。。。。いや とりあえず87%てとこかな。

 

「松浦では慰安旅行の代わりに日帰りであちこちレジャーに出かけてましたの。そこで出会ったのが陶芸教室。。。」

 

「ほーう。いよいよ。。。ですか」

目の前の馬渕。。。

 

ではなく

 

佐伯勇次の声が聞こえた気がし、思わず振り返った。

 

だが窓の向こう、風になびく葉桜の姿だけが見えていた。

 

 

 

 

つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。