そう簡単に人生が歩むならどれほど良い?
いや、どれほどつまらない人生?
「松浦社長。彼への想いを断ち切るチャンスでもありましたけどね」
「は、はあ!?」
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馬渕ほど分かり易い人種は居ないと思う。露骨すぎる表情、
時おり見せる素っ頓狂な声。本当に元刑事なのだろうか・・・
いやこれも馬渕の”なせる技””手の内”?。
人をすっかり安心させ、洗いざらい告白させる為の演技?
ま、どっちだって良い。。
いずれにせよ、今の私にはどっちだって良いことだ。
馬渕探偵。。。
というより、佐伯勇次に聞いて欲しいと決めたのだから。
「あら、そんなに驚くことかしら」
「ま、松浦社長への想い。。。て、要するに、あのぅ何ですな・・・」
「何ですな。。。て何でしょう」
わざと意地悪をしたくなる。
「そのう、つまり異性への恋ごころ。。。」
「あは。恋なんて、そんな生易しいものじゃなくてよ」
「・・・・・・と言いますと?」
「不倫の一歩手前。。。もう少しで彼の家庭を壊してしまうところでしたの」
馬渕は何やら考え込んでいたが、
「なるほど。再会された時、すでに彼も家庭持ち・・・・」
「えぇ。再会が嬉しかった反面、私にとり、試練・・・いや地獄の始まりでもありました。だって高野と知り合う前、松浦こそ青春のよきパートナーでしたから」
「その彼との再会、なるほど、さぞかしトキめいたでしょうな」
「いえ最初はそうでもなかったんです」
「まさか」
「高野との結婚の失敗で、男て懲りごり、男性不信な心境でしたから」
「ほう」
「でも日々、会社で顔を合わすたび。。。」
「仕事は経理事務とか?」
「経理事務は奥様が。。。主に校正を任されてましたの」
「コウセイ?」
「漢字の間違いチェックから、カラーのチェックとか」
「あぁ、あの校正ね。結構、責任ある部署ですな」
「えぇ、で男性不信が遠のくと同時に、松浦への思いが募り。。。
何せ、若かりし頃、毎週のようにデートした仲でしたから。
と言っても金のかからない代々木公園ばかりでしたけどね」
こう言った途端、唐突に思い出すものがあった。
佐伯くんとの初デートも代々木公園。。。
そして人妻と打ち明けた曰く付きの公園。。。
自分にとり、よき想い出だが、彼らにとって果たしてどうなんだろう。
彼らにとっては苦い思い出しか残って居ないのでは?
あ、いやいや。疑問符などつかない。そうに決まってる。
なんと自分勝手な。。。この自分が犯して来た罪の数々・・・・
うわあ・・・・
考えれば考えるほど、底なし沼にずぶずぶ入って行くような感情が沸き起こる。
松浦と過ごした代々木の青春。
だが。。。。
「いつも電車の窓から見る杜、憧れます」
山手線、車中で突然放った佐伯勇次の言葉。。。
一瞬の沈黙があった。どきりとしながら
「そ、そうね今度行こうか、お弁当など持って。。。」
たしかそんな言葉を発した。何と罪作りな言葉。
すべてはあのひと言から?
松浦と佐伯勇次。彼らにとっては苦い思い出の公園にちがいない。
何と罪づくりなんだろうこの私。。。
不意に涙がひとすじ頬を流れた。
慌てて顔を背ける。
「ど、どうされました」
今となっては、この馬渕こそ、心の拠り所だ。
この愛川欽也を思い起こさせる声、和らぎのある表情。
「馬渕さん」
「は、はい」
「自分こそ不幸のヒロインと思ってここまで頑張って来ました、
けど、それは大きい錯覚だったんです」
「錯覚?」
「えぇ、松浦や、佐伯くんこそ哀しみの主人公」
「いや、そりゃないでしょ」
馬渕は自信ありげに言い切った。
「今ごろ本質に気づくなんて、自分勝手も良いとこですわ、自分が情けないです」
「吉岡さん」
「は、はい」
「ま、とりあえず外に出ませんか、お腹が空いちゃいました」
え?と時計を見ると何と12時を廻って居た。
※
「この前、偶然テレビでやってたんですがね、鳴き砂の浜。
この近くじゃないですか」
馬渕はハンドルを巧みに操りながら笑顔を向けた。
「何とまぁ、テレビで丹後半島が」
「えぇ、それで今回の出張が楽しみで楽しみで」
「あはは、ガッカリされるかもよ、まったく何も無い浜ですの」
「いや、それが良いんです。何もあり過ぎな東京に住む者としては。
あ、窓開けて良いですか、海が見えました」
どうぞ、という前にパワーウインドウを少し下げた窓からは海風が潮の薫りと共に流れて来た。
突き抜ける晴天の青空に、日本海は、真っ青に光り輝いて居た。
なるほど。。。何もあり過ぎな東京者にとっては、この景色こそ心の贅沢品なんだろうなと思った。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。