小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線50

突き抜ける晴天の青空に、日本海は、真っ青に光り輝いて居た。

 

 

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全長1800メートルにも及ぶこの浜は、まったく何も無い砂浜だった。

ゴミひとつすら。

 

「うわあ、ものの見事に、何も無いですな」

馬渕は子供の声ではしゃいだ。

「期待はずれかしら」

「と、とんでもない。あ、でも駐車場んとこで、ジュース買っときゃよかったかな、ノド渇きません?」

言われてみると、少し渇きを覚えた。だが少し歩くぐらいの辛抱はできる。

「大丈夫ですわ、それより靴大丈夫?」

馬渕の黒光りしてた革靴も、半分ほど砂に埋もれている。

「そ、そうですね。あ、いっそ脱いじゃいましょう」

云うなり馬渕は靴下も脱ぎ始めた。

「それ正解かもですわ。私も。。。」

 

素足になった馬渕は、両手に靴をぶら下げたまま、砂の上をはしゃぎ回った。奇声を上げながら飛び跳ねる姿は、完全に子供だった。

真上から照りつける太陽。だが海からの風が心地良い。

素足で味わう砂浜、果たして何年ぶりだろう。。。10年、いや20年?

いやいや、とんでもない。この浜となれば、高1、16歳の時以来だと気づき、しばし呆然となった。

なんと45年・・・・・

遠くて長かった45年。だが、あっと云う間の45年。

45年ぶりの海を、2日前まで見ず知らずの男とこうして歩くなんて。。。

 

「あれぇ、全然鳴らないや」

おそらく馬渕は、テレビで見たのだろう、”擦り足”を何度も試している。

「コツがありますの、擦る寸前、踵(かかと)に力を入れるって感じ。。。見てて。。」

自信などなかった、だが昔の感触を呼び起こし、試してみると

微かにキュッキュと鳴るではないか。

「うわぁ、凄いッ」

「で、でしょう」

「なるほどね、かかとに力ですか。。。あー鳴りました、先生ッ」

「何事もコツが大事ですの」

あーははッ、キャーキャーと、自分でもおかしくなるほどの笑いを上げながら、

しばらくは、ふたりで砂浜をはしゃぎ回ったのだった。

 

 

土曜とはいえ、観光シーズンを前にして、そのレストランの駐車スペースはかなりの空きがあった。

また海岸沿いに、よくありがちなポップな雰囲気とは程遠いクラシック調の外観がまず気に入った。

 

「ここ、ファドが流れるんです」

「え、まさか」

と、云うより馬渕の口からファドが出ることの方が意外だった。

馬渕は1日目に偶然見つけたらしい。

「故郷(くに)に帰って6年、ぜんぜん気付きませんでした」

「いやあ、そんなものです。僕だって、近所のことなど何一つ、あった筈のコンビニが突然消えていたりして」

 

店内も、落ち着いたブラウン、重厚な雰囲気に満ち溢れていた。

そして、ファド。。。。ポルトガルの演歌と呼ばれるファドが静かに流れている。。。

 

「昨夜はどうも、お陰さまで助かりました」

オーナーらしき恰幅の良い男が、馬渕を見つけるなり駆け寄って来た。

「いやいや、あれしきのコト」

!?

「いったい何がありましたの?」

「え、いやぁぜんぜんつまらんコトです」

馬渕は照れたように誤魔化すだけだった。

だが、のちのち知るところによれば、

地元の漁師と、観光客が些細なコトでイザコザに。やがて殴り合い、店内は騒然。その時馬渕が、お互いを説得。一歩間違えば修羅となる場を、ものの見事に収めたらしい。

 

ファドに聴き入っていた。

女の哀しくも力強い声。泣き声でもあり、裏に隠された歓びの声。

鳴き砂、すなわち笑い砂でもある。聞きようによっては、どちらにでも聞こえる。

 

「で。。。。。。。。」

馬渕が何やら言いかけているのにようやく気づく。

「あ、すみません。今なんと?」

「あ、いえね。松浦さんへの思いとか、断ち切るための陶芸への道はだいたいわかりました。けれど。。。」

 

馬渕は押し黙ってしまった。

「けれど?」

「肝心の佐伯さんのコト、当時どう思ってらしたかと?今回こうして来たのも佐伯さんの依頼があればこそで。。。」

 

またグサリと何やら疼くものがある。

 

瀬戸の花嫁って歌ご存知かしら」

「え、小柳ルミ子の?」

「『おさない弟、行くなと泣ーいた』。。。あの曲を聞くたび泣いてしまいますの」

「はあ?」

「嫁入りじゃないけど、上京の日。バス停での別れを思い出しますの、当時小学生だった弟が、もう泣きじゃくって泣きじゃくって。。」

「え、えぇ」

「で、その弟とは10歳違い。上京後もずっと気がかりでした。」

「なるほどね」

「それで佐伯くん。。。あ、いや佐伯さんが目の前に現れたとき、あッて思いましたの、どこかしら雰囲気がそっくりで」

「なるほどね、じゃあ弟のような気持ちで。。」

「えぇ最初のうちは、でも徐々に、異性としての意識も。けれど当時はまだ高野と一緒でしたから。。。」

「さぞかし辛かったでしょうなぁ」

「!。。。。」

「こころが揺れるのも辛いものです。女性はたぶんそうだろうと思います」

「わ、わかって下さいます?」

まさか馬渕から出るとは思わなかった言葉だけに、胸を突き上げるものは強烈だった。

すすり泣くようなファドのBGMがより心を揺さぶった。

 

瞼が熱くなり、こらえても涙がひとしずく流れ始めた。

 

「もっと泣いてもええよ」

 

そう馬渕が言っているような声が聞こえ、

気づけば、とうとう堰を切ったダムのように泣き出していた。

 

 

つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。