小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線55

いくつかのカーブも過ぎ、比較的平坦な道に出ると<京丹後市庁舎別館400メートル>の標識が見え始める。

そして、ようやく482号のルート表示が現れた。

なるほど。。。今まで気づきもしなかった。“いわく”があったとは。。。。

 

「知ってます?国道482号の悲劇」

「悲劇?」

「悲劇て言うか、なんて言うか、なんか可哀想なんです」

「え?」

「本来482号の筈なのに、地図じゃあ178号としか表示が無いんです。どの地図も」

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昨夜、別れぎわ馬渕との会話を思い出しながら、庁舎専用駐車場に軽トラックを乗り入れる。

時計を確認、約束9時の10分前だった。だが馬渕のレンタカーはすでに駐車していた。

 

横のスペースに回り込み、バック駐車すると、馬渕が満面の笑顔を振りまきながら降りてきた。

この笑顔とも、今日で見納めか。。。。そう思うと胸の奥がキュンと泣いた。

 

「いやあお見事!」

「はい?」

「いえね、バック駐車。一発だったじゃないですか。東京の女性ドライバーじゃ滅多に見かけないなぁ」

「あぁ、そんなこと。。。ココ週に一回は来てますの。もう慣れっこですわ」

なるほどね。じゃあと応えて馬渕は腕時計に目を落とした。

 

 

ん、やはり時間を気にしてる?

「あ、すみません。急いでご案内します」

市役所庁舎、産業振興会館への歩みを早めると

「あの、吉岡さん。急がなくても大丈夫ですから」

「でも」

「本当に大丈夫ですから、<宮津発>を、昼前にしましたから」

新幹線を昼前に発と、宮津を昼前発となれば3時間も違ってくる。

何しろ丹後半島の先っちょから、新幹線京都駅までとなると2時間半もかかる。

 

「本当に大丈夫ですの?」

「もちろん。慌てて帰ったところで。。。。」

少し馬渕の表情が曇った気がした。

「じゃあとりあえず。あの白いビルなの。。。。」

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駅での別れって、物語あり過ぎるんですよね。できれば他が良いです。

昨夜、別れぎわ馬渕の言葉で じゃあと気づいたのが、産業振興会館だった。

役所関連の施設だが、正月3が日以外は年中無休。日曜でも朝9時から開館し、

丹後独特の産業や工芸を発信する施設。住民向けと言うより、観光客向けの役割を担っている。

今の仕事ぶり。もう一つの顔を見てもらうのにピッタリだと閃いたのだった。

 

「あ、先生おはようございます」

女子職員の森下が顔を合わすなり駆け寄ってきた。馬渕の存在に気づき

慌てて頭を下げた。

「森ちゃんおはよう、お客様を案内させてもらうわね」

森下は、「案内。ご一緒いたしましょうか」と遠慮がちに聞いてきた。

「あ、ごめん。あまり時間ないの。私からひと通り説明するから大丈夫」

すると ほッとした表情になり「ではごゆっくり」と離れて行った。

 

「ほー。ここでも先生ですか」

馬渕が茶化してきた。

「ガラじゃないので、お尻のあたりがムズ痒い感じですわ」

「いやいや先生。。。あ。いきなり展示ですな。。。ほ~。丹後焼き・・・えッ日本初の快挙ですか」

 

一階、喫茶コーナーは客もまばらだった。

ひと通り案内された馬渕は、感動の興奮も冷めやらずな表情で

実に素晴らしい。を先ほどから連発していた。

「アイスコーヒ」

え?と表情の子に、「そうアイスで、氷入り」と馬渕は念押しした。

 

「いやあ、あらためて感動しました。凄いです」

「そうかしら」

「凄いに決まってるじゃないですか」

「実は。。。まだ、試行錯誤の途中なの」

「でも展示の茶碗、あれそうなのでしょう」

「えぇ。でも百のウチ、成功確率3割てところかな」

プロ野球・・・ご存知ですか」

「一応はね」

「プロで3割バッター。これ一流打者の称号ですよ」

 

なるほど。。。言われてみればそうなのかも知れない。正直嬉しい。

馬渕がしきりと凄いを連発してくれている日本初。

それは陶器と磁器との融合。。。

陶器は主に粘土、磁器は陶石と呼ばれる石を砕いたもので焼かれる。

 

「なぜまた地方を転々と。。。と昨日お訊きになられましたね」

「えぇまぁ」

「笠間や、益子は陶器。九谷では磁器。それぞれ違い、特徴がありますの。

で、最後の越前、ここは粘土の陶器・・・でもガラス質の土含みで微妙な特徴がありますの」

「ほーう」

「で、はたっと気付きましたの。鳴き砂。。。」

「いやあ、あれ愉しかったなぁ。。。で?」

「丹後の砂浜には、ガラス。。。と言ってもすごく細かい微粒子ね。それが混ざって鳴くのです」

「なるほど。。。あ、それで」

馬渕は何やら気づいたような表情を向けた。

「はい、福井も日本海。ここ地元丹後の土にも、独特の味わいがあるのでは?って」

「あでも帰郷は、お母様の介護のためじゃあ・・・」

「えぇ、帰郷を決めたとき、陶芸の世界とは縁を切る覚悟を決めてましたの。

でも母親を見送って。。なにもかもやる気を失くし。。。そんなとき、鳴き砂の秘密は

ガラス混じりの砂にある。という新聞記事を偶然に。。。

で閃いたのです。丹後地方独特の丹後焼き。。。」

 

「そうでしたか。。。いやあ、結局は古里に助けられ。。。ですね」

なぜか馬渕の表情が曇った。

 

「あ、お婆ちゃんち。どこですの?きのう訊きそびれてましたわ」

すると馬渕は慌ててハンカチを取り出した。

 

「くに(故郷)に帰れないてコトほど、哀しいものありません」

「え?」

馬渕はしばらくのあいだ、ハンカチを目にあて、黙っていたが

やがて

「福島なんです」と言った。

 

駐車場への門まで、無言でふたりとも歩いていた。

いよいよ、馬渕との別れかと思うと、涙がこみ上げそうになってきた。

ぷぃと空を見上げる。

 

別れの空は いつも青空だ。

 

「実に愉しい出張でした。じゃっ」

馬渕は右手を差し出してきた。

両手で馬渕の右手を包みこむ。すると左手も添え、包み込まれた。

予想どおり、ぬくもりのある手だった。

 

「こちらこそ、思わぬ事でした。佐伯くん・・・いや佐伯さんにも宜しくお伝えください」

涙をこらえながらだったので、声が震えた。

 

するとはッという表情を向け

「佐伯さまに叱られて来ます」と言った。

「え?」

丹後半島で、恋してきました。。。正直に言って来ます」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

ふたりは静かに見つめ会い、

じゃあっ と馬渕はクルマに乗り込んだ。

 

馬渕のレンタカーを見送りながら、

(今さら奪われるものなど、なに一つない)

 

馬渕との出会いの日の独り言。あれは間違いだったと気付き、

苦笑いがこみ上げる。

 

ひとつあったじゃないの。

 

こころ。。。。。。

 

 

そして、池上線。第二部おわり。

 

 

第三部、終章に つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。