新宿で乗り換えた JR総武線・三鷹行は、週初め月曜の夜と言うこともあって車内はがら空きだった。
「ここまで来たら、ようやく我が家。って感覚です」
隣の馬渕に告げるともなく、つぶやき目を閉じた。
すると
「同感です。いつもこれに?」
「えぇ、ただ私の場合、水道橋からの乗り換えです」
「なるほど。芝公園からだと、4、50分てところ。。。
そこまで喋ると馬渕は うぷっと胸を抑えた。
「えッ、だ・大丈夫?」
馬渕は右手をあげ、大丈夫と返事しつつ、
それでも少し長くうずくまって居た。ようやく顔を上げ
「しっかしまぁ、チョコレートパフェ専門店、ありゃあ余計でした」と呟いた。
「あっ、わ私も・・・・うぷっ。。。お、思い出すと胸のあたりが。。。」
こみ上げ、冷や汗の出るような感覚が襲ってくる。
ガタンゴトン、列車の揺れがこたえる。だが余裕で座れる程のガラ空きが幸いだった。さらに酔客を見越してか、4月だと言うのに冷房気味の空調がありがたい。
ん?まさかクーラー?
だが、それは単なる錯覚で、あとで分かったのだが、車内の空気を攪拌するだけの風が流れていただけらしい。
「けど、あのおかげで、ようやく解放されました」
「あはは、言えてます、それ。。。。」
雪谷大塚の居酒屋、雪郷での飲み会を終えた三人。
じゃあ。と解散の筈だった。
が、
「ちょっとちょっと、なにそれ。今からカラオケタイムでしょ」と西崎が絡んできた。
西崎の眼は完全に座っていた。
この近くに、時おり行くスナックがあるらしい。
「あ、でもこんな時間だし」
「はあ?なにそれ。時間に、こんなのも、あんなのもあるん?じゃあ こんなのと、
あんなのの、違いを100文字で述べてみよ」
「え、まぁ。。。明日、朝が早いので」
「佐伯ぃ、あんね言っとくけど、あんた朝が早いのを自慢してる?」
「そ、そりゃないです先生」
「何ならあるっちゅうん、そりゃない。てことは、こりゃあるってコト?」
「先生、足もかなりフラついて。。。」
「この足、フラついて?一体どこがやの、フラ。。。あーーフラダンス見せたろか」
「勘弁してください」
「なにが勘弁勘之助、中村。。。あーはっはっ」
とうとう見かねた馬渕が
「まぁまぁまぁ、西崎先生」
「まぶっちゃん、あんたにも言いたいこと。。山ほど。。」
そこで突然、西崎は あーッと叫んだ。
「えっ」と振り向くふたり。
「うわぁ、こんなとこに。あったじゃん」
と指差した方向を見れば、
ベルギーから日本に上陸し、話題となってるらしい、チョコレートパフェ専門店だった。
「まさか先生。。。。」
「何がまさかよ、予定変更」
そう宣言し、二人の手を引っ張り、喜び勇んだ西崎。。。
けれど、
流石の西崎も、途中から静かになった。
恐る恐る黙々と言った感じでスプーンを口に。それは自らの意思というよりも、
是非、成し遂げねばならない作業という感じだった。
西崎の健康的に赤らんでいた顔も、ツヤも消え、
どちらかと言えば、青白く病的に輝く光を、鈍く放ち始めていたのだった。
※
「時間、ほんとうに宜しいですか」
馬渕は先ほどから何度もスーツの袖をたくし上げ、時計を見せた。
22時。。。
「もちろん、こっから家までタクシーなら、ものの10分もかかりませんよ」
「すみません、じゃあ少しだけお付き合いを。そこの店なんです」
丹後半島の件で、馬渕はまだ言い残したことがあるような雰囲気を漂わせていた。
ふと、
こっちもこの馬渕に 森島碧に対する思いなど。。。。
あ、いやいや。これは絶対の秘密。。。。余計な心配はかけるべきじゃない。
けどやはり、この胸の内をさらけ出すことが出来たなら、どんなに楽になるか。。
あ、いやいや、やはりそれは絶対のタブー。。。
馬渕が指した先、レンガ作りが印象的なバーだった。
荻窪駅前からすぐの場所にもかかわらず、落ち着いた雰囲気が嬉しい。
まさに大人の隠れ家と呼ぶにふさわしい店だった。
耳を澄ますと、もの哀しげな音楽が流れていた。
あ、これがファド。。。。
さては、ここで覚えたのか。
そう思っているとやはり、
馬渕はマスターに、何時もの奴。と告げた。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。