小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線62

新宿で乗り換えた JR総武線三鷹行は、週初め月曜の夜と言うこともあって車内はがら空きだった。

「ここまで来たら、ようやく我が家。って感覚です」

隣の馬渕に告げるともなく、つぶやき目を閉じた。

すると

「同感です。いつもこれに?」

「えぇ、ただ私の場合、水道橋からの乗り換えです」

「なるほど。芝公園からだと、4、50分てところ。。。

そこまで喋ると馬渕は うぷっと胸を抑えた。

「えッ、だ・大丈夫?」

馬渕は右手をあげ、大丈夫と返事しつつ、

それでも少し長くうずくまって居た。ようやく顔を上げ

「しっかしまぁ、チョコレートパフェ専門店、ありゃあ余計でした」と呟いた。

「あっ、わ私も・・・・うぷっ。。。お、思い出すと胸のあたりが。。。」

こみ上げ、冷や汗の出るような感覚が襲ってくる。

ガタンゴトン、列車の揺れがこたえる。だが余裕で座れる程のガラ空きが幸いだった。さらに酔客を見越してか、4月だと言うのに冷房気味の空調がありがたい。

ん?まさかクーラー?

だが、それは単なる錯覚で、あとで分かったのだが、車内の空気を攪拌するだけの風が流れていただけらしい。

「けど、あのおかげで、ようやく解放されました」

「あはは、言えてます、それ。。。。」

雪谷大塚の居酒屋、雪郷での飲み会を終えた三人。

じゃあ。と解散の筈だった。

 

が、

「ちょっとちょっと、なにそれ。今からカラオケタイムでしょ」と西崎が絡んできた。

西崎の眼は完全に座っていた。

この近くに、時おり行くスナックがあるらしい。

「あ、でもこんな時間だし」

「はあ?なにそれ。時間に、こんなのも、あんなのもあるん?じゃあ こんなのと、

あんなのの、違いを100文字で述べてみよ」

「え、まぁ。。。明日、朝が早いので」

「佐伯ぃ、あんね言っとくけど、あんた朝が早いのを自慢してる?」

「そ、そりゃないです先生」

「何ならあるっちゅうん、そりゃない。てことは、こりゃあるってコト?」

「先生、足もかなりフラついて。。。」

「この足、フラついて?一体どこがやの、フラ。。。あーーフラダンス見せたろか」

「勘弁してください」

「なにが勘弁勘之助、中村。。。あーはっはっ」

とうとう見かねた馬渕が

「まぁまぁまぁ、西崎先生」

「まぶっちゃん、あんたにも言いたいこと。。山ほど。。」

そこで突然、西崎は あーッと叫んだ。

「えっ」と振り向くふたり。

「うわぁ、こんなとこに。あったじゃん」

と指差した方向を見れば、

ベルギーから日本に上陸し、話題となってるらしい、チョコレートパフェ専門店だった。

「まさか先生。。。。」

「何がまさかよ、予定変更」

そう宣言し、二人の手を引っ張り、喜び勇んだ西崎。。。

けれど、

流石の西崎も、途中から静かになった。

恐る恐る黙々と言った感じでスプーンを口に。それは自らの意思というよりも、

是非、成し遂げねばならない作業という感じだった。

西崎の健康的に赤らんでいた顔も、ツヤも消え、

どちらかと言えば、青白く病的に輝く光を、鈍く放ち始めていたのだった。

                   ※

「時間、ほんとうに宜しいですか」

馬渕は先ほどから何度もスーツの袖をたくし上げ、時計を見せた。

22時。。。

「もちろん、こっから家までタクシーなら、ものの10分もかかりませんよ」

「すみません、じゃあ少しだけお付き合いを。そこの店なんです」

丹後半島の件で、馬渕はまだ言い残したことがあるような雰囲気を漂わせていた。

ふと、

こっちもこの馬渕に 森島碧に対する思いなど。。。。

あ、いやいや。これは絶対の秘密。。。。余計な心配はかけるべきじゃない。

けどやはり、この胸の内をさらけ出すことが出来たなら、どんなに楽になるか。。

あ、いやいや、やはりそれは絶対のタブー。。。

馬渕が指した先、レンガ作りが印象的なバーだった。

荻窪駅前からすぐの場所にもかかわらず、落ち着いた雰囲気が嬉しい。

まさに大人の隠れ家と呼ぶにふさわしい店だった。

bar

耳を澄ますと、もの哀しげな音楽が流れていた。

あ、これがファド。。。。

さては、ここで覚えたのか。

そう思っているとやはり、

馬渕はマスターに、何時もの奴。と告げた。

つづく       

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。