小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線64

ファドのBGMも悪くねぇな。そんなことを考えていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

[caption id="attachment_992" align="alignnone" width="365"] PHOT0015.JPG[/caption]

突然馬渕は、なにやら聞き覚えのある鼻唄を歌い出した。

じっと耳を傾けしばらく聴いているうち、ようやく”瀬戸の花嫁”だと気づいた。

「あはは、急にどうしたのですか」

え!

馬渕の瞳は濡れていた。

「佐伯さん」

「あ、はい」

「吉岡さん・・・・・この曲を聴くたんび、泣いてられたそうですね」

「へーそうなのですか、なぜまた」

「あ、お聞きじゃなかった?す、すみません」

馬渕は、なにかまずい事を喋ってしまったかの表情を曇らせた。

ん?

そう言えば。。。

何かの折に彼女が口にしたことを思い出した。哀愁あるメロディーだけれど

決して哀しい曲じゃないのに『つい泣いてしまうの』その言葉が印象的で、え!と訊いた記憶がある。

「たしか実家の弟さんを想い出すとか」

「ええそれです・・・・上京の折、泣きじゃくった幼い弟。で、あなたがその弟さんと良く似てらして。。。」

「え。そうなのですか、それは初耳です」

馬渕の顔をしげしげと眺めた。

よくもまぁ。初対面のこの男に・・・・・

彼女吉岡さんから、そんな事まで聞き出したこの手腕。。。。と言うか何ていうか、この敏腕ぶりにすっかり呆れてしまった。

「ところで馬渕さんって幾つですの歳?」

すると

「あー。これも貴方に謝らないと行けない事、あるんです」

なぜか馬渕は慌てながら言った。

「はい?」

「彼女、吉岡さんに嘘ついちゃいました」

「何ですの」

「彼女に訊かれたとき同じ昭和30年生まれって咄嗟に、けど本当は58なのです。

33年生まれの」

「あはは、逆にサバをよんだのですか。けど謝る必要なんかべつに」

「歳が若いと、吉岡さんから信用されてもらえないかもとか。。。というより、警戒されるのも嫌だしなとか、咄嗟に考えたです。それであんな嘘を」

この正直ぶりに、胸を打つものがあった。誰がなんと言おうが、馬渕は絶対に信用できる探偵だと思う。

「それで。。。佐伯さま」

「え、はい」

「当初のご依頼は、消息の確認だけでした」

「えぇまぁ・・・・」

「吉岡さまとお会いに?とかなど」

!!

それもあれこれ考え、悩みの一つでもあった。

本当の依頼主、西崎とも代としては、実際に合わせたがってるフシがある。

けれど、今さら彼女と再会したところで。。。でも今一度会ってみたい。とも思う。

「そのあたり。。。吉岡さんは何と?」

「えぇ。。。。」

ん?またもやこの曇った表情が気になる。

馬渕はようやく

「迷ってられました。すぐにでも再会してみたい、けど貴方にはご家庭が。今さら会ったところで・・・・でもやはり。。。そのあたり揺れ動く女ごころと申しましょうか」

「馬渕さん」

「えぇ」

「こういう時、他の方たちどの様に?」

「と申しますと?」

「ですから、初恋捜し。他のひと達、結末の処理など、どの様に?」

すると

「佐伯さま」

「あ、はい」

「正直に言います。佐伯さまが最初で最後の仕事だったのです」

「なんとまぁ」

「申し訳ございません」

「いえ、別に謝りなど」

「逆に私の方が、あれこれ良い経験をさせてもらいました」

あー。たしかに。彼女との三日間、あれこれを聞くと嫉妬心さえ湧く。

だが、絶対に愛川欽也

この顔を眺めるうち、嫉妬心などどうでも良くなる。

「馬渕さん」

「は、はい」

「約束して頂けますか」

「って何を」

「彼女・・・・吉岡さん。今度こそ幸せにして頂けますか?」

「はい?」

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。