小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線73

ふと気付き時計を確認すれば、約束の10分前だった。

あ!

なんとまぁ。肝心の馬渕がのんびりと構えているものだから、うっかりするところだった。「そろそろ、時間では?西崎先生ち」

だが馬渕は森島に「先生の帰りまだかな?連絡は?」のんびりとした口調で訊いた。

「え。外出中?」

「なんでも昨日から、ちょこっと用事を済ませて来る。そう言い残したまま行き先も告げずに出かけたらしいです」

「え。まさか旅行とか」「まさかそりゃあないでしょう」

ふたりで笑いあっていると森島が携帯を耳にあてながらやって来た。

「呼び出してるんですが、なかなか出られなく。。。

その時、無事に繋がったらしく、森島の姿勢がピッと伸びた。

「あっ先生、ご苦労様です。今どのあたり・・・え、私ですか?えぇ、まだ馬渕さん事務所に・・・・・え、えぇもちろん馬渕さんもここに。・・・・いえ、お手伝いの方は先ほど終わりました。・・・・・え、佐伯社長さんに連絡ですか。佐伯社長ならここにいらっしゃいます。えぇ馬渕事務所です・・・・は、はい。了解です。申し伝えます。では、のちほど」

森島は携帯を閉じるや、「いま駅に着いたとこらしいです。揃ってられるなら、こっちの方が近いだろうって。このままお待ちくださいって」

「なんとまぁ」

その1分も経たないうちに、西崎とも代がやって来た。両手にボストンバッグと紙袋を下げたまま「わ、なにこれ。空っぽやん」と事務所を見渡した。

「碧ぃ。お手伝いって引越しのコトやったの?」

「すんません先生」森島は背中を丸め小さくなった。

馬渕は私の横へ移動し「さッ西崎先生、どうぞこちらへ」と西崎を向こう側へ座らせた。

西崎は、どっこらしょ。言いながら座るや、「碧ぃゴメン。冷たいのなんか持ってきて」

「は、ハイ先生」森島は逃げるように奥へ走った。

「あ、私が・・・」馬渕が席を立とうとするや

「マブっちゃん、あんたは、そのままで」と押しとどめ「さぁ、今からじっくり訊かせて貰います。佐伯ぃ社長っ。貴方もね。なんか言いたいことあんでしょッ」とふたりを交互に睨みつけた。

え?え?

まるで、馬渕とふたり。女刑事の取り調べの場に座らせられているような感覚が襲う。

「それより先生、ヴィトンのバッグ。どこか旅行でも?」とりあえずの場を和ませようと言ったが、

「しっかしまぁ丹後半島、あんなに遠いとは思わんかった、めちゃ疲れた」言いながら西崎はバッグから扇子を取り出しパタパタと扇いだ。

「えっまさか」か」

馬渕と声が重なる。

「ちょー。お二人同時に、何がまさかよ」

「ま、まさか吉岡紫織・・・・・さん?」

馬渕がおそるおそる訊くと

「マブっちゃん、あんたが惚れるの無理ないね、実に魅力的な女性だわさ」

なに事も無さげに言った西崎の声が、がらんとした事務所に響き渡った。

なぜそれを。。。。ぐふっとむせ返るような息遣いが横で鳴った。

 

          つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。