小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線76

そして、5月の京都行きを前にして、3日間の約束で、西崎邸通いが始まったのだった。

 そして、

その三日間の約束が1週間になり、10日になり、

まさかのことが、起きようとは、知る由もないことだった。

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西崎とも代より渡された350枚の原稿用紙。

ようやく読み終えると、軽い失望感が襲った。西崎らしからぬ薄っぺらな印象だ。いくら純情初恋がテーマとは言え、これだけでは目の肥えた読者層に失望を与えてしまう。

それより何より、あまりにも『天の夕顔』そっくりなのが気になった。もちろん流石にプロの作家として、単純に似せては居ない。が、部分的な言い回しとか、主人公の回想シーンなど、天の夕顔ファンなら見抜かれてしまうだろう。

だが・・・・三章からなる作品、うち二章の吉岡紫織のシーンは流石だと思わされた。同じ女性目線という理由もあるのだろうけど、先日の丹後行き取材の成果が如実に出て居るのだろう。

が問題は全体としての薄さ。。。。

「ねぇ、やっぱ駄作・・・」

読み終えるまで固唾を吞んで見守っていた西崎が恐る恐る訊いてきた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

返答に困って、咄嗟には返事が出来ないでいた。

まず締め切りのことが脳裏に浮かび、それより何より、西崎担当の三好菜穂子の顔が浮かんだ。

あくまでも今の私は、部外者の立場。いくら作家本人から依頼を受けたとしても、単なる助言までで、最終稿についてまで、あれこれ言える立場には無い。が、このままでは西崎が築きあげた作家としての信頼や名声までも落としてしまうおそれがあった。

「ひとつ確認して良いかな?」

「えぇ、なんでも遠慮せず訊いてちょうだい」

「まず三好君の判断はどうなの。。。これ」

「あーやっぱダメ?これじゃ」

「あ、いや。まず肝心の三好君はなんて言ってるかの・・・」

西崎はさらに顔を曇らせ、

「やはりねぇ、三好ちゃんも『うーん』て唸ったきりだったの。

で、口では否定しなかったけど、顔にはNGてハッキリ描いてあったわ」

「先日言ってた彼女の遠慮。。。」

「そうなの、書き直しならそうとハッキリ言って欲しい、何度も言ったの。けど彼女、この手の作品、慣れて居なくてイマイチ判断に自信がない。の一点張りで」

ノックのあと「失礼します」森島碧が珈琲を持って入ってきた。

カップと皿をカチャカチャと鳴らしながらセットして居たが、さすがに前回よりはかなり手慣れたようだった。

「どうぞ」

「あ、どうも」

無事に真っ先に差し出され、前回を思い出し、『ぷっ』と心の中で笑ってしまった。

同時に、あることが閃いたのだった。が、それには三好の了解が必要になる。。。

森島は西崎の分を置くと一礼をし、部屋を出て行った。

「あのさあ、三好君も交えた方が良いと思うのだけど編集会議」

「やはりね。多分そうなる思って一応声をかけてあるんだわ」

「なんとまぁ。それならそうと」

「でも、彼女明日まで大阪。で彼女の了解も得てるの、佐伯社長の意見をまず尊重したいて」

「まさか」

「本当よ、何なら携帯かける?」

言いながら西崎は携帯を差し出した。

「あ、いやそこまでは」

「じゃあ、お願い。どこがどう悪いのか、その点を」

「まず、全体の印象やけど薄い。テーマの初恋捜しゆえ、仕方ないのかもだけど、何か単純すぎて作品の厚みていうか、幅て言うか」

「やはり・・・そこなのよね。自分でも一番不安だったんよ、それ。やはり慣れないコト手がけるべきじゃ無かった」

「でさあ、思いつきやけど。例えば・・・」

西崎は眼を輝かせ身を乗り出した。

「例えば?」

「過去の思い出捜しと同時に、現在進行形の恋物語ってどう?」

「マブっちゃんの事?」

「あ、それは既に2章と3章である程度・・・・」

で、打ち明けるかどうか迷ったが、

「あくまでも例えばの話やけど、作家事務所の新人と僕が只ならぬ関係に。ってぇのは?」

西崎はキョトン顔で、しばらく考えていたが

「あ。あーもしかして、それ、碧と佐伯社長のコト?」

それまで、めずらしく静かだった西崎だったが、

絶叫に近い声が部屋中に響き渡ったのだった。

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。