「あくまでも例えばの話やけど、作家事務所の新人と僕が只ならぬ関係に発展。ってぇのは?」
「あ。あーもしかして、それ、碧と佐伯社長のコト?」
それまで、めずらしく静かだった西崎だったが、
絶叫に近い声が部屋中に響き渡ったのだった。
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「あ、違う。違う。あくまでも例えばの話。。。。」
必死に弁明すればするほど、疑われる筈。。。途中で気付いたが、
「ふーん、なるほど。まさかそう来るか。そういう発想、思いもせなんだわ」
あんがい素直に西崎は感心してみせた。
が、
「けど。。。想い出探し。て言う、当初のテーマから外れてしまうんちゃう?」
西崎の執筆スタイルは、まずテーマありきで、頑(かたく)なにそれを護り続けている。固定ファン達が西崎を熱烈に評価する理由はそこにある。
だが一方で。。。何事も表裏一体。良い反面、マンネリとの指摘があるにはあった。
「けど先生。。新しいことにチャレンジしたい。がまずありきで、『初恋をテーマ』だったでしょう?」
「それそれ。だから社長とうちの新人との恋物語、やっぱ余計だわ。初恋でもなんでもない、単なる不倫物語やん」
そこを突かれると反論の余地はない。
「。。。。。。。。。。。。。。」
「。。。。。。。。。。。。。。」
ふたりとも思案に暮れ沈黙が続いていたが
「あ、珈琲冷めないうちにどうぞ」
西崎は言うや珈琲をひと口すすり
「碧の煎れる珈琲、これがまた最近美味いんだわ」
「ほーう。では早速」
と啜った。なるほど、前回は気付かなかったが、確かに美味しい。
「あ、ですね。なんとも言えない薫りとコク」
「でしょう」
西崎は我がごとのように喜んだ。そこには母親としての顔がある。
が、それより何より文才の素質。。。ふと例の文学賞応募の件、西崎は知っているのだろうか、一瞬迷いがあったが、思い切って、ここだけの話やけど。。。話を切り出し訊いて見た。すると
「え。まさか下読み、社長んとこに?へー。奇遇ちゅうか偶然ちゅうか」
「え。じゃあ、応募の件はご存知で」
「あたりまえじゃん、応募の件、勧めたの私やん」
!?
「まったくの新人に、いきなり小説を。それはそれは珍しいことで」
「ちゃうちゃう、うちんとこ先ず作文を書かせるの、言わば入社試験みたいなモノ。で、普通の子、たいがい3、5枚。多い子で10枚程度やね。けど碧の場合何枚やった思う?」
「さあ、2、30枚」
すると西崎はかぶりを大きく振り
「驚くなかれ、200枚。400字詰め原稿用紙200枚よ。いやあ、参った。それもたったの三日で」
「ま、まさか。。。三日で。。。あっ、もしかして例の応募作品?」
西崎は大きくうなずき、
「読んでる途中、泣いてしまったわ。この私がよ。もちろん所々、稚拙なところあるけれど、最後には慄えるほどの感動。で、確信したわ。こりゃあもう奇跡的な逸材だと」
「で、原稿を三好に託し・・・」
「あ、そんな裏取引せえへんわ、うちの名前出さんでも、あの子の実力で充分やもん」
「ですね。。。」
「だから。。。碧は、娘同然、いやそれ以上の存在やねん、大切に育てたい思ってるの」
「。。。。。。。。。。。。。。。」
「やはり社長の案も有りなんかなぁ。。」
「あ。あくまでも例えの話やから」
「あたりまえじゃん。もし、本当だったら、うち社長に対し、ナニするるか分からへんで」
「。。。。。。。。。で、ひとつ問題あるとすれば、やはり担当の意見も尊重。。。」
「だよね。」
西崎は何やら吹っ切れたようだった。
携帯を取り出すや「あ、三好ちゃん。あさって来れる?。。。。そう、例の件、佐伯社長が是非にって。。。。。え、夕方ならOK?。。。ちょっと待って」
西崎は同意を求めるかの如く振り返った。
何やら用事があったような気がしたが、
大丈夫と、
大きく頷き返したのだった。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。