小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線77

「あくまでも例えばの話やけど、作家事務所の新人と僕が只ならぬ関係に発展。ってぇのは?」

「あ。あーもしかして、それ、碧と佐伯社長のコト?」

それまで、めずらしく静かだった西崎だったが、

絶叫に近い声が部屋中に響き渡ったのだった。

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「あ、違う。違う。あくまでも例えばの話。。。。」

必死に弁明すればするほど、疑われる筈。。。途中で気付いたが、

「ふーん、なるほど。まさかそう来るか。そういう発想、思いもせなんだわ」

あんがい素直に西崎は感心してみせた。

が、

「けど。。。想い出探し。て言う、当初のテーマから外れてしまうんちゃう?」

西崎の執筆スタイルは、まずテーマありきで、頑(かたく)なにそれを護り続けている。固定ファン達が西崎を熱烈に評価する理由はそこにある。

だが一方で。。。何事も表裏一体。良い反面、マンネリとの指摘があるにはあった。

「けど先生。。新しいことにチャレンジしたい。がまずありきで、『初恋をテーマ』だったでしょう?」

「それそれ。だから社長とうちの新人との恋物語、やっぱ余計だわ。初恋でもなんでもない、単なる不倫物語やん」

そこを突かれると反論の余地はない。

「。。。。。。。。。。。。。。」

「。。。。。。。。。。。。。。」

ふたりとも思案に暮れ沈黙が続いていたが

「あ、珈琲冷めないうちにどうぞ」

西崎は言うや珈琲をひと口すすり

「碧の煎れる珈琲、これがまた最近美味いんだわ」

「ほーう。では早速」

と啜った。なるほど、前回は気付かなかったが、確かに美味しい。

「あ、ですね。なんとも言えない薫りとコク」

「でしょう」

西崎は我がごとのように喜んだ。そこには母親としての顔がある。

が、それより何より文才の素質。。。ふと例の文学賞応募の件、西崎は知っているのだろうか、一瞬迷いがあったが、思い切って、ここだけの話やけど。。。話を切り出し訊いて見た。すると

「え。まさか下読み、社長んとこに?へー。奇遇ちゅうか偶然ちゅうか」

「え。じゃあ、応募の件はご存知で」

「あたりまえじゃん、応募の件、勧めたの私やん」

!?

「まったくの新人に、いきなり小説を。それはそれは珍しいことで」

「ちゃうちゃう、うちんとこ先ず作文を書かせるの、言わば入社試験みたいなモノ。で、普通の子、たいがい3、5枚。多い子で10枚程度やね。けど碧の場合何枚やった思う?」

「さあ、2、30枚」

すると西崎はかぶりを大きく振り

「驚くなかれ、200枚。400字詰め原稿用紙200枚よ。いやあ、参った。それもたったの三日で」

「ま、まさか。。。三日で。。。あっ、もしかして例の応募作品?」

西崎は大きくうなずき、

「読んでる途中、泣いてしまったわ。この私がよ。もちろん所々、稚拙なところあるけれど、最後には慄えるほどの感動。で、確信したわ。こりゃあもう奇跡的な逸材だと」

「で、原稿を三好に託し・・・」

「あ、そんな裏取引せえへんわ、うちの名前出さんでも、あの子の実力で充分やもん」

「ですね。。。」

「だから。。。碧は、娘同然、いやそれ以上の存在やねん、大切に育てたい思ってるの」

「。。。。。。。。。。。。。。。」

「やはり社長の案も有りなんかなぁ。。」

「あ。あくまでも例えの話やから」

「あたりまえじゃん。もし、本当だったら、うち社長に対し、ナニするるか分からへんで」

「。。。。。。。。。で、ひとつ問題あるとすれば、やはり担当の意見も尊重。。。」

「だよね。」

西崎は何やら吹っ切れたようだった。

携帯を取り出すや「あ、三好ちゃん。あさって来れる?。。。。そう、例の件、佐伯社長が是非にって。。。。。え、夕方ならOK?。。。ちょっと待って」

西崎は同意を求めるかの如く振り返った。

何やら用事があったような気がしたが、

大丈夫と、

大きく頷き返したのだった。

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。