小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線78

あ、三好ちゃん。あさって来れる?。。。。そう、例の件佐伯社長が、ぜひにって。。。。。え、夕方ならOK?。。。ちょっと待って」

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。。。。。。。とまあ、以上が佐伯社長の変更案なんだわさ、どう思う三好ちゃん

西崎から振られても三好菜穂子は、手帳に目を落としたまま、微動だにしない。なにやら考え込んでいるような、そうでもないような、複雑で奇妙な雰囲気を漂わせている。

「え、ちょっとちょっと三好ちゃん

ふたたびの呼びかけに三好菜穂子は

「え?あ、はい。すみません先生」ようやく気付いたかの表情で顔を上げた。

「すみませんじゃないよ、説明、聞いてくれてた?」

「え、えぇ勿論。それで良いと思います」

どこか他人事のような、おざなりな感想だった。

「あのね。。。。三好ちゃ」

西崎が何やら言いかけたが、

「かなりの変更になるけど、真剣に考えての返事か。日程的にも大丈夫なんか」

つい昔と同じように、叱りつける言い方で口を挟んでしまった。

「もちろん部長。あ、社長。まず日程の件ですが、とりあえずの6月号、冒頭の部分、大幅な変更なしで進められると思います。登場人物のさわりというか、紹介がメインですから。で、次の号から『いよいよ』が始まることになるでしょうから、大急ぎ先生には取りかかって頂きたく。。。。その為に佐伯社長には自身のエピソード、心情。。例えば心の変化の参考になる資料とかの提供も大急ぎで。。。

その後、三好はようやく元気を取り戻したかの如く、的確で鋭い編集者としての顔を覗かせた。

だがときおり、ほんの一瞬ではあったが、心ここに在らず的な表情を見せ、泳がせた眼は、いたずらに宙を彷徨っていた。彼女とはかれこれ、5年。。いや8年もの付き合いだが、初めてみる顔があった。

その後、編集方針の再確認、たとえば結末までの展開について、三者の意見を戦わせたが、最終的には私の案の同意が得られたのだった。

「本日はありがとうございました。お陰で先が見えてきたわ」

言うや、西崎は携帯を取り出し、

「碧。となり用意出来てる?。。。ハイ了解。じゃあ今から」

フリップを閉じ、

「何もないけど、寿司右衛門の鉢、用意出来てますの、摘んで帰ってくださいな」と言った。

「え、寿司右衛門って銀座の?うわあ最高!感激ですぅ先生」

すっかりと、三好は以前の元気娘の顔を見せた。

   だが・・・・

                  ※

「え。君んちも池上線だったっけ」

「いえ。普段は浅草線なんです。でも戸越銀座でも近いんです」

「ふーん。知らなかったなぁ」

「嫌ですう、前にも言いましたよ」

「そうだっけ、ごめんごめん」

西崎邸をふたりで辞した時、すっかり夜も更け満月が出ていた。

池上線、五反田行きはガラ空きだった。

「久しぶりの寿司右衛門、やはり感激だったね酒も美味しく。。」

話しかけたものの、横に座った三好は何やら考え事をし、またあの虚ろな表情に戻っていた。

!?

ふとその時

戸越銀座。。。むかし西崎担当の編集者時代、よく連れられ行った馴染みのバーを思い出した。

「三好くん、良ければ飲み直さないか」

一瞬断られるかも。そう思ったが

「え、良いんですか」と目を丸く輝かせた。

 やはり・・・

ぜひ話を聞いて欲しい。とその眼が言ったような気がした。

 

 

               つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。