小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線79

戸越銀座。。。むかし西崎担当の編集者時代、よく連れられ行った馴染みのバーを思い出した。「三好くん、良ければ飲み直さないか」一瞬断られるかも。そう思ったが「え、良いんですか」と目を丸く輝かせた。

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そのBARあほう鳥は、戸越銀座駅の東側にある。三好菜穂子の一応の生活圏内だったが、三好は初めてのようだった。

「まさか地元で徘徊されてらしたとは」

「なるほど、徘徊。。。かぁ、面白いこと言うね君。むかし西崎先生に連れられ。。。最近の先生は、もっぱら地元のスナック派みたいだけど」

西崎の名前を出すと三好の顔が一瞬曇った気がした。ん?と思った時、店が入るビルの前に来た。

さてと。。。。ビル壁に上から下までビッシリと埋め尽くされたネオン看板。店は3階か4階だったはず。下から順に目で追っていく。。。まだ店は健在だった。

「いらっしゃいませ。。。あ。佐伯さま」「やあ、ご無沙汰」

そして、馴染みのマスターも・・・・

                ※

「西崎先生と、なんかあった?」

バーボンの水割りを舐めるように流し込み三好の眼を窺った。

「はい?」三好はカクテルグラスを置いて私を振り返った。まぶたの周囲はすっかりと紅く染まっている。店に入りかれこれ小一時間、お互いの近況報告に始まり、それなりに打ち解けあったタイミングを計り切り出したのだった。

「あ、いや気のせいかもだけど、今日の君なんと無く・・・」

すると

「なんとなく。って、何がなんとなくですの?部長、あいや社長」

「その、いちいち言い直さんでも良い」

「でも、ついつい昔のクセで」言って三好はペロっと舌を出した。

「なるほど、君なら部長のままのが。。。あ、こっちの方がぜんぜん違和感ないや。よし決まり。で・・・・。」

「で?」三好はからかうような眼差しで覗き込んだ。

「なんとなく今日の君、やっぱ変」

「うわーどこがですの」

「なんとなく元気が無い。。。」

「え。うそ。うわー。うそうそ。わー感動。ぶ・ち・ょ・う」

「え?」

「まさかこの私を観察してくださってて?うわーこんなの初めてですぅ」

たはッ 流し込んだバーボンがむせ返るように喉の奥でひりついた。

「あ、いやそうじゃなく、なんていうか、その。。。」

「うわー部長、赤くなってる。このこの」言いながらわき腹をつつき始めた。

「こ、こら。こそばい。お、大人をからかうな」身をくねらせていると

三好の表情が一変し「外されそうなんです担当・・・」ポツリとつぶやいた。

「え。西崎の担当?」

「いえ大阪。。。」

「大阪て、寺島担当を?」

三好は今にも泣き出しそうな雰囲気を漂わせ

「どうやら西崎先生が、土屋に申し入れしたようなんです」

「まさか」

西崎とも代の場合、若干エゴっぽいところはあるが、出版社の人事にまで口出しする性格では決してない。

「今日、先生からハッキリ言われたんです。部長が席を外されたときに」

「まさか?」

「大阪ばっか、かかり切りで、こっち留守がちじゃないの。って」

「あ、それなら何時ものグチ、西崎らしい奴」

「。。。。。と思いたいんですけど、ただ・・・」

「ただ?」

「土屋からも、大阪担当、負担じゃないか?て、出がけに」

「まぁ、そりゃあ確かに負担は負担だと思う。東京と大阪。地理的にも。ま、編集者の宿命て奴。土屋も君のことを思っての心配だと思うなぁ。で、君自身の気持ちはどうなの」

「今まで負担なんて、一度も思ったことないんです。仕事が充実しすぎで、面白すぎで。けど、最近。。。。」

「なんかあった?」

「限界を知ってしまったような」「限界?」「えぇ、本の方向性とか、迷いっぱなし、アイデアなんか、1ミリだって出てこなくなりました」

「あはは」つい笑ってしまった。すると

「何が面白いんですの」と睨んだ。

「それ、誰しも通る道。スランプやね、編集者としての」

「でしょうか」

「あぁ、絶対に。断言できるね。僕なんか、3年に一回のわりあいで」

「うわー嘘でしょ。それ」

「嘘なものか、なんなら明日、西崎に訊いてみてよ、昔の情けない編集者の顔を覚えてるはず」

「。。。。。。。。。。。」

西崎の名前を口にすると、またもや三好の顔が一瞬曇った。だが

さっと顔を向け、「明日さっそく訊いてみます」と笑った。

                

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。