小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線83

「何もわかって無いんですね部長・・・」

「は?」

しばらく三好菜穂子は下を向き黙って居たが、ぱッと近づくや私の胸に飛び込んできた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

え。。。。

ふんわりとした香りが鼻腔をくすぐった。ほんのゼロコンマ数秒だったが、三好の肩をそっと抱いた。

だけど三好は

あ、いえ、部長すみません。私・・・・・

言葉にならない言葉を発し、さっと顔を背けるや私の手から逃れた。

そのまま道端に走るや、後ろ向きのまま両手を膝につき、激しく肩を震わせた。

「え、どうした。大丈夫か」

向こうからサラリーマンの3人連れがこちらに向かって歩いている。

何でもない風を装いながら駆け寄り、背中をさすった。

サラリーマンらは、ちらりと見ただけで、私たちが出たばかりの飲食ビルへと入って行った。

三好は後ろ向きのまま、小さな声で「もう、大丈夫です。忘れてください」と言った。

「て、何を?」

すると、さっと振り向くや、私の目をしばらく見つめていたが

ようやくぽつりと「さっきの。。。。」と呟いた。

「え?さっきのて、なにがさっきの。。。」

にこりと笑うや、「もう、いいんです」

「んなあ」

その時、池上線の踏切がカンカンと鳴り始めた。

「あ、部長。五反田行きみたいです」

「え。いや、近くまで送らせてもらう」

「そんなあ、いつもいつも悪いです」

「滅多に歩くことないから、体のために、思って。それに、ここの商店街気に入った」

「うそー」

「うそなもんか」

実際そうだった。戸越銀座商店街。東京らしくない雑多な空気感が心地よかった。ここんところ、三好を送るため、歩くのは閉店後の時間帯ばかりだったが、それでも店先の看板や、キャラクターの置き物、パンフレット台などなど、昼間の賑わいぶりが充分感じられたのだった。いわゆる下町とも違う、何とも言えない不思議な生活感が漂い、心が落ち着くのだった。

五反田行きの列車が踏切を通過し、ホームに入るやバーが上がった。

「では部長、今夜もお願いします」

三好はピョコンと頭を下げ、横に並んだ。ふたりはぶらぶらと歩き始めた。

「この数日、ありがとうございました」

「え?」

ふいに思い出すものがあった。

「いや、こちらこそ。西崎から聞かされるまで気づかなかったけど、今回の出版話、全ては君から西崎へのお願いから始まっていたんだね。礼をいう」

頭を下げ、三好を覗き込んだ。

三好は小さく「えぇまぁ」と頷き、「その代わり。。。」

「ん」

「その代わり、将来風の系譜社が大きくなったら。。。。。」

そこで言葉は途切れた。

「え?」

「あ、いえ何でもないんです」

「またそれか」

「私という存在。。。。」

「ん?」

「私、三好菜穂子の存在について、ちょくちょく考えてしまうんです」

「そりゃまた何?君は君だが」

三好は“ううん”と頭を振り

「人から思われてこそ、私と言う存在があり、逆に言えば、思われてない場合は存在しないてコトでは?って」

「そりゃまた哲学的に難しい話を」

「ですから、この数日。嬉しかったです。私、三好菜穂子は、おかげさまで確かに存在しました。この世に」

「またまた、そんなぁ。ずっと居るじゃないか」

コンビニの灯りが見えた。

「あ、部長。買い物して帰ります。ここで」

三好は、言うやさっと近寄り、握手を求めてきた。

「ん、あどうも。んじゃあ京都でまた」そっと握り返した。

「いよいよ明後日、高野さんですね」

「えぇまぁ」

「あー。ぶちょー鼻の下が伸びてるぅ」

「うそつけ、こらー」

 

 

この日、二度目の五反田行きの池上線へのホームに立った。

(あんた、肝心なコト鈍いんだから)

少し前、西崎とも代から告げられた言葉が突然脳裏に鳴り響いた。

まさか。。。。まさか三好菜穂子が恋してた相手は寺島氏じゃなくて

この俺?

まさかそんな筈。。。。。だが いや 

先ほどの握手の感触を思い出そうとした時、池上線が滑り込んできた。

(部長、知ってますぅ?)

(何)

(池上線の歌、世代ごとで、受け取り方が違うんです)

(へー)

(私の場合、チェウニの池上線。で、てっきり不倫の歌って)

(ふーん)

数日前、三好菜穂子と交わした会話がよみがえった。

存在か。。。。。

他人から思われてこその存在。

なるほどその通りかも知れない。

車内はがら空きだったが、座ると夜景が見えない。

ドアのそばに立ったまま、池上線から見る夜景を眺めた。

灯りのビル、マンション。様々な人生、さまざまな存在について考え込んでいたのだった。

 

            つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。