小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

2013-01-01から1年間の記事一覧

狂二4 NINE.sec その53(最終回)

2013.8月10日(土曜)午前6時 家島諸島タケ島、2海里ほどの沖合い。波は静かだった。 ポンポンゴロロ。。。エンジン音を立て、ゆらゆら揺れる漁船”秀治丸”船長の田嶋秀治はすでに高い位置にあった陽を見上げた。 「サヤカっ、陽も高こうなったけん…

狂二4 NINE.sec その52

通常なら数日を要する検査結果だが、病院側の特別な配慮で、即日に出るらしい。 本人はもちろん、山根監督を始め篠塚と鈴木の陸上部関係者が診察室に呼ばれて行った。 入れ替わりのように森野常務が駆けつけてきた。 「寺島さん、電話ありがとう」 「あ、わ…

狂二4 NINE.sec その51

「今 検査中って?」 「あ、寺島さん。。。」 私を見るや彼女は、今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。 少し離れたベンチには、ほかの付き添いと思われる年輩のご婦人が座ってられた。こちらの会話どころじゃない雰囲気を漂わせてはいる。だが声を潜め「大変…

狂二4 NINE.sec その50

「大変です。河本さん、トラックに撥ねられ病院に運ばれてしまいました」 「は、はあ!?」 鈴木圭子からの電話に、素っ頓狂に叫びながら携帯を右手に持ち変えてみた。何かの訊き間違いかも知れない。 「トラックに?」 「えぇ。。。」 「だ、誰が?」 「で…

狂二4 NINE.sec その49

「失礼します。寺島さんがお見えです」 森野常務が軽くノックすると 「はいご苦労さまです」 女性秘書が顔をのぞかせ 「先ほどからお待ちです」と微笑んだ。 「寺島さん、どうぞ」 「あどうも。失礼します」 新聞社時代の社長室に入る時の緊張感がよみがえる…

狂二4 NINE.sec その48

5月末から6月にかけ、私の周辺でも急に慌ただしさを見せ始めた。 またもや、文芸新春社編集部三好菜緒子からの電話が始まりだった。 「寺島さん、来週上京されますよね。ジャパン陸上」 「えぇもちろん。今のところ8日、午前中を予定してます」 河本の世…

狂二4 NINE.sec その47

「先日はありがとうございました。おかげさまで記者会見も無事」 「あいえ、見事な司会ぶりでした。それより就活中って?」 「えぇまぁ・・・」 一週間ぶりに見る鈴木圭子の笑顔だった。ダークグレイのスーツが良く似合っている。珍しくアップにまとめたヘア…

狂二4 NINE.sec その46

「今の、もしかしてヒロシから?」 携帯フリップを閉じるや河本が訊いてきた。 「え、えぇ。なぜそれを」 「1時半に迎えの約束を。例のオヤジの件です」 え?と袖をめくった。腕時計の針はもうすぐ1時半になろうとしていた。あれから2時間近くも話込んで…

狂二4 NINE.sec その45

「将来、マラソンでも世界記録に挑戦とか」 つい口に出てしまったが、もちろん軽い冗談のつもりだった。 だが、 「あ、三浦教授。。。。」 私の言葉に山根は反応し、三浦顧問の名前を口にした。 たしかあれは正月。三浦顧問と山根とが言い争いを演じたことを…

狂二4 NINE.sec その44

ようやく河本が顔を上げた。 「森野さん、契約は1年、あいや半年。これでどうでしょう。もちろん契約料もその分割り引いてもらって結構です。いや是非そうして下さい。その代わり。。。」 言いにくいのか言葉が詰まった。 「その代わり、何でしょう」森野が…

狂二4 NINE.sec その43

「ですから今回の話。それまでの逆なんです。いわばご褒美みたいな。そういう風に考え直して頂けませんでしょうか」 森野常務が放った言葉に、河本は一瞬だけ反応をみせた。だが、再び考えこんでしまった。沈黙が続いた。 何事も即断即決が信条の男にしては…

狂二4 NINE.sec その42

新聞、テレビなどマスメディアで連日のように報道されているおかげなのか、毎日のように会っている感がした河本だったが、 実際に会うのは一週間ぶりのことだった。 「え、少し肥えました?」 引き締まりスリムだった頬もふっくらしている。 「分かります?…

狂二4 NINE.sec その41

一週間ぶりの大学通りだったが、道行く学生たちの表情には明らかに変化があった。 どの学生も背筋が伸び、いきいきと明るく、希望に満ちた笑顔を振りまいている。 大学通り商店街、入口の頭上には(”祝 9秒台 河本浩二君”)と大書きされた横断幕が掲げられ…

狂二4 NINE.sec その40

録画再生で見終わったワイドショー。停止ボタンを押した瞬間に陳麗花・・・いや、今では室井婦人となった室井麗花の顔が浮かんだ。 同時に昨日、競技場に向かっていた栗原専務が途中引き返したコトも思いだされ、白浜のあの穏やかな風景が目の前に広がった。…

狂二4 NINE.sec その39

「**新聞のモトムラと申します。あれこれ調べてみても河本浩二さん。過去の陸上競技記録がまったく出て来ないんです。このあたりのご説明を賜れば幸いかと」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「じゃあ俺、あいや僕の方から」 河本がテーブ…

狂二4 NINE.sec その38

仕事場を兼ねたマンションに戻って来たのは、午後3時を回っていた。ネクタイを解きながら留守電のチェック。つい昔からの習性で留守ボタンを押してしまうが、今どき固定電話への留守電などやはり何も録音されていない。上着を脱ぎ、顔と手を洗う為洗面所に…

狂二4 NINE.sec その37

紹介のビデオが終わり、部屋に明かりが戻ると司会役の社員が再びマイクを握った。 「それではお手元の資料をご覧下さい、ただ今より補足説明をさせて頂きます」 「じゃがその前にや、森野っ」 VTRの再生中に入ってきた男が、声を上げた。女子社員に車椅子…

狂二4 NINE.sec その36

すっかり見慣れたはずの北摂大学総合グランドだが、カメラ映像が捉えたそれはどこかよそよそしい雰囲気を醸し出している。 女性リポーターが「ここ、このグランドでの汗と涙が男子陸上100メートル”夢の9秒台”をもたらしたのです」と仰々しい口調で語り始…

狂二4 NINE.sec その35

スタートでつまずいてしまい、大きく出遅れた河本浩二。 だが体勢を立て直すや、陸上部初日に見せたあの怒濤の猛スパートをかけた。 耳を澄ますと、他の選手たちのスパイク音に比較し河本の場合、明らかに特徴があった。 一瞬の雨で少し湿ったトラックだった…

狂二4 NINE.sec その34

朝、私たちが競技場に到着した段階では抜けるような青空が広がっていた。 昼近くに曇空が広がってはいたものの、午後になると一転、雨もよいの空になるだろうとは 一体誰が予想しただろうか。。。天気予報でさえ。。。 河本浩二が予選でいきなり男子100メ…

狂二4 NINE.sec その33

たった1時間足らずでも、周囲の風景が一変するコトだってある。 頭の中では分かっていたつもりでも、いざその光景を目の当たりにした瞬間、私は目眩さえ覚えた。 食堂を出た瞬間、爆音が聞こえ思わず見上げた。 爆音の主、ヘリコプターが競技場上空を舐める…

狂二4 NINE.sec その32

2013年5月19日は、わが国にとって歴史的な記録が刻まれた日だ。 とうとう陸上男子100メートル、10秒の壁を破ったのだった。 関西実業団陸上選手権大会が行われた会場は騒然となり異様な興奮に包まれた。 三浦教授が当初考えたもくろみでは、9秒…

狂二4 NINE.sec その31

関西実業団陸上競技会が開催された尼崎陸上競技場。 私たちが到着した朝の早い時間帯では閑散としていたが、五月晴れの青空が寂しさを帳消しにしていた。だが時間が経つにつれ観客席は賑わいを見せ始め、どう言うわけかそれに呼応するように雲も広がりを見せ…

狂二4 NINE.sec その30

100メートルの計測会が行われたその3日後。 いよいよ関西の大学陸上シーズンの幕開けともいうべく大学選手権春期大会が始まった。 当初の計画ではもちろん河本が出場するはずの大会だったが、山根監督のいう嬉しい誤算とやらで自己記録を更新させた篠塚…

狂二4 NINE.sec その29

電光のタイム計だけでなく、スターティングシステムそのものが本格的なものが用意されたという。ピストル音、スターティングブロックはいずれもタイム計と連動し、公式競技にも使用されているのと同一とのコトだった。 スターター役は山根監督が自ら努めた。…

狂二4 NINE.sec その28

3月末から4月にかけてのこの時期、学生らは春休みの真っ最中なのだが、河本浩二の場合大学の職員という身分でもあった。 学校側としては進学や新入生を迎える準備などの行事が重なり、年間を通しても超繁忙期でもあった。当然河本も多忙な日々を余儀なくさ…

狂二4 NINE.sec その27

「本日卒業式を迎えた池田君、そして河本浩二君、とりあえず今はこの二名だけだが、大学職員の陸上部。つまり実業団のクラブとして発足してもらうことにしました」 山根監督の突然の言葉に部員たちから軽いどよめきが起きた。 「じゃあ河本さんとは別々にな…

狂二4 NINE.sec その26

島根ほどでは無いにしろ、例年にない寒波に見舞われた1、2月の大阪だった。 おまけに北部の丘陵地帯に位置する北摂大グランド。大阪市内など平野部ではカラカラに乾いた快晴でも、ここでは数センチの積雪に見舞われることもしばしばだった。 本来なら長距…

狂二4 NINE.sec その25

「じゃあ午後4時、この前の”割烹まえむら”ですわ。中崎町の」 「了解です、では後ほど」 ヒロシからの携帯を切ったあと、ふと鈴木圭子の顔が浮かんだ。 彼女からの手紙(奇跡のヒーロー達に会いたいです)の文面がいつも頭のどこかに残っていた。 それに・…

狂二4 NINE.sec その24

眼の前に延々と広がる茶褐色の砂漠。砂をかきあげながらさまよっていた。 ひとり。。いや前を歩く女性の背中があった。すらりと細い、だが歩く速さはなかなかのものだ。追いつけるようで追いつけない。肌を灼くように照りつける太陽。そのくせ手足の先は氷の…