小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その47

「先日はありがとうございました。おかげさまで記者会見も無事」 「あいえ、見事な司会ぶりでした。それより就活中って?」 「えぇまぁ・・・」 一週間ぶりに見る鈴木圭子の笑顔だった。ダークグレイのスーツが良く似合っている。珍しくアップにまとめたヘアースタイル。すでにOLのような大人の雰囲気を漂わせ、女子学生の幼さは見えない。だが、いつもの体育会系女子特有の溌剌さは影を潜め、なんとなく寂しそうだった。 「午後からも面接ちぃ聞いとったけんが」 ガーガラガラガラバシャッ。 派手な音を立てスライドドアを閉めながら山根が訊いた。 「すみません。途中で帰って来ちゃいました」


「何ね、誰ぞに何か云われたんね」 「あ、いえ決して。。。そういうのじゃなく。ただなんとなくなんです。なんとなく時間の無駄な様な気がして」 「時間に無駄とかそんなもんないけん」 「すみません」 鈴木は目を伏せた。なぜか就活についての話題はふれ難い雰囲気が漂う。 「ま、ゆっくりでええんちゃう。俺でも何とか成ってきた」 「それ云ったら俺もです」 「あーヒロシの場合、特にな」 河本やヒロシの言葉には説得力がある。で結局就活についての話題はそこで打ち切られた。

「申し遅れたけんど、出迎えどうもありがとう、えーと。。。」 「あ、どうも佐々木探偵事務所の仲村ヒロシ申します。皆からはヒロシって。何かあったら何時でも駆けつけますよって」 すんません片手で。と云いながらヒロシは山根に名刺を差し出した。 「あ、これはどうも失礼。山根です。あいにく名刺の方は。。。」 「あ、大丈夫っす。河本社長から訊いておりますけぇ。ほんじゃあ、ぼちぼち出発しますか」 シートベルトを掛け、イグニッションキーを捻った。 「さてと。。。」ヒロシはおもむろに助手席を見た。 「あ。とりあえずあの角を左。しばらく走ると大きい府道に出ます。そこを右で。。」 「了解です。。。えーと」 「あ、鈴木です鈴木圭子と申します」 「あ、どうも新年会ではお世話に」 「いえこちらこそ」 「なんや名前も知らんままドライブしてたんか」河本がからかう。 「社長、だからほんまですって、駅前で。。。」

”案山子”から大学のキャンパスまで歩いて15分ほどの距離だが、グラウンドのあるクラブセンターまでとなると、さらに1キロほどの距離があった。距離でいえばたかが知れているのだが、丘陵地帯の坂道はけっこうきついものがある。 当然、駅前からクラブセンターまで直行となると、普段は体育会学生といえど、もっぱらバスを利用する。

「イメージ契約の話、つきましたん?チャレンジなんとか云う奴」 ヒロシはルームミラー越しに河本を見た。 「ん、まぁ。条件が良すぎてなんか怖い」 「はは、怖いやなんて社長らしゅうない」 「いやいや、歳取るたび怖いモノが増えて行くっちゅう感じやな」 「まだ俺より一コ下ですやん」 「ところで森野常務て、前から知ってたんか」 「いえ、この前が初めてですわ。亭主のほう、”まえむら”には滅多に顔を出しませんよって。けどうちの佐々木は良く知ってはるみたいです。刑事時代からの顔なじみとちゃいまっか」 「へーそうなんや」 「まぁ話に乗っておいて、損はない思います。何せ天下の船場商事でっさかい」 「あぁそのつもりや」

「あの交差点を左で。あとは道なりでクラブハウスに」 「了解。しかしあの坂きつそうやの、いつも歩いてるんけ」 「えぇまぁ」 「可哀想にのぅ、近くにおったら毎日送り迎えしちゃるのに」 「え。。。」鈴木の耳元がみるみる赤く染まった。 ひゅうひゅう。河本が口笛のまねでからかった。

久しぶりのクラブハウスだった。 マスコミの河本フィーバーはようやく終焉を迎えたのか、来る途中も学生らの姿しか見かけなかった。 だが学生に紛れて悪質なフリー記者が張り込んでいる場合もあるらしく、油断は禁物とのコトだった。 ヒロシ調達の ”浪花屋”のワゴンカーが役立ち、すんなりと玄関先まで乗り込んだのだった。 だが、クルマを見つけた受付の長谷川氏が、すっ飛んできた。 鈴木が助手席の窓を下げ顔を覗かせた。 「え、鈴木さん?あ、山根監督に寺島さん。河本さんまで。これはどうも失礼しました」 「ココ停めて、ええけぇ?」ヒロシが運転席から怒鳴った。 「いやそれはちょっと。少し遠いんで案内しますよって」 「私らここで降ろしてもらうけん」 「俺、乗っときます」河本が云った。 山根と鈴木そして私の三人が降り、入れ替えに長谷川氏が乗り込んだ。

「じゃあグランドで。すぐ着替えてきますけん」 「すみません、リレーの練習光景だけ取材させてもらいます」 「せっかくやけん、ゆっくり取材したら良いけん。グランドは久しぶりやろうけん」 「ありがとうございます」 山根と鈴木はクラブハウスに入っていった。

気になっていた玄関前の花壇だが、どの花もすっかり元通りの姿をとりもどしていた。 花壇前に座りしばらく観察していると 「いやあ凄かったですわマスコミ・・・」 いつのまにか長谷川氏がひと足早く戻ってきていた。 あ、どうも 思わず振り返った。 するとヒロシの横でうつむき加減で歩く河本が見えた。 え?珍しい。 さらに河本は一瞬だが涙をぬぐう仕草を見せた。

けど私と目が会うと笑顔に戻り、声にはハリもあった。

「ほんじゃあ長谷川さん、応接室をちょっくらお借りします」 「承知です」

ふたりを見送り、再び花壇の前に座り長谷川氏に声を掛けた。 「さぞかし大変だったでしょう」 長谷川氏も横にしゃがみこんだ。 「そりゃあもう。でも済んでしまえば何もかも良い想い出です」

ようやく気づくものがあった。

ヒロシからの情報。。 まことの朗報なら、わざわざ直で逢わずとも。電話で充分。。筈。。。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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