小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その40

録画再生で見終わったワイドショー。停止ボタンを押した瞬間に陳麗花・・・いや、今では室井婦人となった室井麗花の顔が浮かんだ。 同時に昨日、競技場に向かっていた栗原専務が途中引き返したコトも思いだされ、白浜のあの穏やかな風景が目の前に広がった。報道陣に殺到されるのは会社の宣伝の為、むしろ歓迎と取れる発言をしていたが、押し寄せるであろうマスコミ攻勢に耐えられるのだろうか。 それに。。。 万一、カメラが捉えた麗花さんの顔を組織の誰かに見られようなものなら。。。。

ようやく夕方の5時が過ぎた。栗原専務の携帯番号をプッシュした。

1回のコールを数えただけで「どうも栗原です」 いきなりの返事だった。電話の向こうから笑い声とか騒々しい雰囲気が伝わる。 「寺島です。何やら騒がしいようですね」 「え、あぁ録画しておいたワイドショー、従業員らと観てるとこなんです」 「そうなんですか、すみません。あとでかけ直します」 「いやいや、ワシの方から電話をかけよう思ってたとこですけん。それに社長の記者会見、昼休みに何度も見たけん」 ガタっ。椅子を引くような音が聞こえたかと思うと、背後の騒がしい声は徐々に小さくなった。

「そうですか、すみません。で、私に連絡と云うのは?」


「いえねさっき河本の携帯に、えろう手際の良い記者会見でしたなーって冷やかしを入れたんですわ、ほたら寺島さんがマネージャーを通じてあれこれ段取りしてくれたおかげやちゅうて。ほんで白浜も記者会見するハメになるだろうから、段取りとかあれこれ寺島さんにアドバイスを貰ったら良い。そう云うんですわ」 「いやいや大層なアドバイスなんかしてないです。ごく基本的なことばかり」 「いや、その基本すら知らんのですわ。何せ初めての経験ですけん。それと寺島さん」 「あはい」 「彼らマスコミの立場として、白浜に対しまずどのようなコトを訊きたいとか、ジャーナリストとして、何に興味なり関心があるだろうかとか、あらかじめ分かっていれば対処もしやすいのでは、例えば模範回答集みたいな奴。あ、これは麗花の意見ですけんど」

「え、麗花さんが。はいわかりました。あとで要点とか、いま言われたことFAXでも入れときます」 「え、ほんまですか助かります。。。。あ、麗花さん、寺島さんOKやけん。。。FAX入れてくれるて。。。あ、すんません。麗花がよろしくって。でワシへの電話て、何か。。。」 「え、あぁ」 すっかり忘れるところだった。 「いえね昨日、競技場への途中で引き返されたとか、何かあったのか思いまして」 「あぁ。途中、予選が気になって斉藤の携帯に連絡いれたんです。ほたらいきなり9秒台を出した云うやないですか。こりゃあえろう騒ぎになる、白浜も準備せにゃならん。そう思うて引き返したんですわ。雲行きも怪しゅうなっとったし」 「なるほど、さすがですね」 「いやいや気ぃばっか焦って、結局何も手つかずです。というか、何から準備すれば良いのかさえ、沢田嬢もバタバタするばかりで。室井麗花。彼女ひとり冷静ちゅうか落ち着き払ってますわ、今さらバタバタしたって何も始まらんちゅうて」

「以前、麗花さんは会社の宣伝の為、絶好のチャンスになると云ってられてましたけど栗原さんも同じ気持ちで?」 「そりゃあまぁ。。。本音の部分では、わずらわしい、業務の支障になるぅ思うてます。けんどやっぱ会社の知名度アップの為には致し方ないコトなんやろう、そう思てます」 「分かりました。精一杯協力させて頂きます」 「助かります」

電話を切ったあと、(彼女ひとり落ち着いてますわ) 栗原の言葉をかみしめた。彼女のことだ。今まで想像を絶するような苦労や身の危険を乗り越えてきたに違いない。今回のコトなど微塵にも負担は感じていないのではないか。こちらの心配などそれこそお門違いでまったくの取り越し苦労だ。 心に残っていたモヤモヤが晴れた気がした。

「さてと・・・」 一息つくと 白浜冷蔵に対して自分なら何の質問から攻める? 新聞社時代を振り返りつつ、ワープロに向かい始めた。

数日後のコトだった。 「明日の昼イチ、都合はとれますでしょうか。河本君や北摂大との会議アポが取れたんです」 船場商事、森野常務からの連絡が入った。

「え、えぇ大丈夫です。大学で?」 「いやそれが大学通りにある店らしいんです。郷土料理の。そこならお互い客を装って事前に入店さえしておけばって」 「なるほど・・・」

マスコミによる、連日の河本フィーバーは続いていた。毎朝新聞が、北摂大の直前まで河本浩二、実は白浜冷蔵の社長だったことを突き止め、騒動は大学周辺から、田嶋総業本社や、白浜冷蔵への取材合戦へと移り変わりつつあった。 それでも、クラブセンターや、大学構内周辺ではマスコミの眼がいまだに光っているらしい。 それでなくても目立つ体格。すっかり時の人になった河本。 どこに行くにも世間の眼を気にせねばならなくなっていたし、こちらからもうかつな接触はできない状況が続いていた。

「あぁ郷土料理の店。。。案山子ですね。常連ですから知ってます」 そう云うと しばらくの沈黙があった。

「え、案山子!」 森野にしては素っ頓狂な声が返ってきた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

(-_-;)