小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その33

たった1時間足らずでも、周囲の風景が一変するコトだってある。 頭の中では分かっていたつもりでも、いざその光景を目の当たりにした瞬間、私は目眩さえ覚えた。

食堂を出た瞬間、爆音が聞こえ思わず見上げた。 爆音の主、ヘリコプターが競技場上空を舐めるように旋回している。 どこでどう呼び出され、いつの間に駆けつけたと云うのか、”報道”という腕章を付けた連中が本部席テントの下に殺到していた。


昼前にはそこそこ賑わいを見せた観客席だが、それでもあちらこちらにまだ空席があった。だが今やほぼ満員に膨れ上がってしまっている。当然私らがいた席はすでに無かった。

「仕方ない、皆バラバラになるけどしっかり応援するように」 高城の声を背中で聞きながら空席を探した。 この分だと、栗原専務と無事に再会できるのやら。 それどころか鈴木圭子や北摂大の連中の姿も、今立っている場所からは見えなかった。

「最上段になりますが、まだ空きが」森野常務が指差す方向を見上げれば4、5人分の余裕があった。 「ま、立って見るよりましね」女将さんがつぶやいた。 ようやく席を確保するや携帯のフリップを開け確かめたが着信はなかった。 「しかしまあこの騒ぎ」と森野がうなった。 「河本君が出した9秒台のニュースを聞きつけたのでしょうけど、それにしても反応が良すぎます」 新聞社時代を振り返ってみたものの、こんなに反応が良すぎるのは前代未聞のことだ。

「決勝に影響しなけりゃ良いのですが」 「えぇ」 1時半のスタートが迫っていたが、まだ本部席は取材陣の対応に追われていた。

「いまどのあたりですの」 やっと鈴木からの携帯が鳴った。 「最上段です、もと居た席の斜め上ぐらい」 少し沈黙のあと 「あ、見えました」はしゃぐような声が聞こえたが、こちら側からは見えなかった。

「原因はtikutterです」 鈴木が疲れきったような顔でやってきた。 「え、あのツブヤキブログ」 「えぇ」 三浦ゼミ渡辺君に聞いた話によれば、すでに9秒台の話題がネットで溢れ返っていると言う。早速各メディアがかぎつけてのこの騒ぎだろうとのコトだった。

「いよいよ契約の話も、うかうかできません」森野が頭を抱えた。

白浜冷蔵の陳。。いや室井麗花の顔が浮かんだ。 (この調子じゃ白浜にも取材陣が殺到するのも時間の問題かも知れない。それを会社の宣伝の為、望むような発言をしていたが、一方麗花さんにとっては危険を意味する。。。彼女のコトゆえ、ぬかりはないだろうけど)

やがて決勝が始まった。 だが定刻は10分ほど過ぎていた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

(-_-;)